后土:大地を守り万物を育む女神

后土(こうど hou4tu3 ホウトゥ)

后土皇地祇は后土娘娘とも呼ばれもともとは母系社会の中の自然崇拝と女性崇拝に由来しています。名前を全て書くと承天效法厚徳光大后土皇地祇となり、道教の四御/六御中の第四位の天帝で陰陽を司り万物に生気を与えることから大地の母と称されています。

后土は道教で祀られている神様ですが、多くの神様と同様に元々は道教ができる以前から信仰されており、道教が成立して以降に道教に取り入れられ祀られる様になりました。




ではそもそも后土と言う神様はどのようにして成立したかと言いますと、后土は元々は古代の母系社会が土地崇拝を行っている中で土地の神と女性崇拝時代の尊称として用いられており、次第に神格化と人格化がなされていったと考えられています。

このようにして形成されていった后土は言い伝えによると最も早い地上の王であり、後に天界の玉皇大帝と対比されて大地山川の女神となったといいます。このため地母と称され、玉皇大帝は天公と称されています。后土のために建てられた神廟には人々は端正な女性を造形し安置し民衆は后土娘娘と呼びました。

天は人を生み、地は人を育んだという考え方が古くからありますが、天の玉皇大帝と対を為すように人々は后土が農業で作物の成長を促し五穀豊穣をもたらす大地の神である信じて祀りました。そしてこの信仰を通して天と地を崇拝する礼法が形成されていきました。天や地に対する崇拝は天象や洪水などの自然現象と直結しますので、その信仰はより深くなっていきました。

古代の人々は大地の実体を信仰していたと言う訳ではなく、力強く広大な大地が万物を育み、人々のみならず家や木など全てのものをその表面で支え、生きる者たちの源であり決して離れることのできないつながりを感じて信仰していました。このため、帝から百姓に到るまで皆大地の神を崇拝しました。中国では歴史的に見ても毎年大規模な大地の神を祀る祭祀を行っており、多くは時の皇帝が主催しました。

后と言う字はもともと女性がうずくまって行う出産の形状から来ていると言われています。土はもともとは女性の乳房を表しており后土は母権時代の女性酋長の事を指していたとされています。時代が流れると后は天下の天子、もしくは風后や后羿などの諸侯を指すようになっています。

  • 山海経などの書物に見られる后土の家系

《山海経・大荒経海内経》には、”炎帝の妻、即ち赤水氏の娘である聴訞は炎居を生み、炎居は節並を生み、節並は戦器を生み、戦器は祝融を生んだ。祝融は降臨し江水に住み共工を生んだ。共工は術器を生んだ。術器の頭は平らで四角く、祖父である祝融の土地を回復し、再び江水に住んだ。共工は后土を生み、后土は噎鳴を生み、噎鳴は一年の十二個の月を生んだ。”とあります。

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山海経を読もう!No,14 大荒経大荒東経編

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炎帝神農氏:フーテンの寅さんと中国の妖怪退治で有名な茅山道士には意外な接点があったことが判明

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祝融:中国神話中の赤帝で火を司り時代を超えて現れる火神

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共工:治水で民に尽くしそして山をも真っ二つに割ってしまう狂戦士




また、山海経の大荒北経には、”大荒中に成都載天山という名の山があった。耳に二条の黄蛇をかけた人物が一人おり、手には二条の黄蛇を握っていた。名を誇父と言った。后土は信を生み、信は誇父を生んだ。”と書かれており、后土の子孫が誇父であると書かれています。これらは炎帝から始まる家系であり、后土は炎帝の子孫として書かれています。

誇父に関しては以下をご覧ください!

誇父:弱きを助け悪を挫く太陽に立ち向かった伝説の巨人

《国語・魯語上》には、”昔、神農氏の治世に共工氏が九州に覇を唱え、四番目の子である后土は九州を平定し社を作り神を祀った。”とあります。ここにある九州とは日本の九州ではなく九つの州に分けられた中原を指し、后土は共工の子として描かれています。この説は《祭法》にも書かれています。

  • 官職に由来している説

日本でも平安時代ごろには官職に因んだ姓が多くありました。この頃の姓はかばねといい天皇から頂くものでした。微妙に名字とは異なり、名字は民衆たちが地形や職業などに因み自分達で自由につけたものを言います。

古代中国でも同じように官職に因んで名前が付けられたのではないかと言う説があります。《帝王世紀》には、”帝嚳は、句芒を木正に、祝融を火正に、蓐收を金正に、玄冥を水正に、后土を土正にした。この五行の官職で諸侯を治めた。”とあります。

句芒に関しては以下をご覧ください!

句芒:扶桑に住んでいて生き物の成長と繁栄を司る春の神様

蓐收に関しては以下をご覧ください!

天神蓐收:西方を司り白帝少昊の補佐をする天神

玄冥に関しては以下をご覧ください!

玄武:亀甲占いから生まれ民の信仰を集めて真武大帝となった四象

この官職は一族に与えられた役職である可能性もあり、その後これらの官職名が神話中に神々として取り込まれた可能性があります。

  • 佐神としての后土

呂氏春秋や淮南子、礼記等には五方帝及びその佐神について書かれています。五方とは東西南北に加えて中央の五つの方角の事です。淮南子の天文には、”中央は土でその帝は黄帝で后土が補佐をし縄を握り四方を治める。”とあります。中央は土に属し、黄帝が司っており后土はその補佐神として書かれています。また黄帝は土徳があったと言われており后土と土を通して関連性が見られます。

淮南子に関しては以下をご覧ください!

淮南子:不思議な生き物についても書かれている西漢時代の思想書

出典:baidu




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