山海経を読もう!No,16 大荒経大荒西経編

山海経は不思議の宝庫です。その内容は地理から不気味な生き物まで様々な内容が書かれています。山海経は山経と海経に大きく分かれており、現在では合計18経が残っています。今回はその山海経の内、海経の海内経、海内南経をホンヤクこんにゃくを食べたつもりになって翻訳してみました( ´∀`)

山海経翻訳シリーズNo,16 大荒経大荒西経です。

山海経の概要に関しては以下をご覧ください!

山海経:中国の妖怪はここから来ている!妖怪のネタ帳として有名な山海経

山海経のその他の翻訳に関しては以下をご覧ください!

山海経翻訳まとめページ

  • 翻訳文

西北海より外の大荒の一角に一度折れてた後に繋ぎ合わされた山があり、不周山と言い、二つの頭の黄色の怪獣が守護していた。寒暑水という水流がありった。寒暑水の西面には湿山があり寒暑水の東面には座幕山があった。さらに禹攻共工国山があった。

共工に関しては以下をご覧ください!

水神共工:治水で民に尽くしそして山をも真っ二つに割ってしまう狂戦士

淑士国という名の国があり、そこに住む人は帝顓頊の子孫であった。

十柱の神人がおり名を女媧腸と言い、女媧の腸が神に変わったためであった。栗広という原野に道を遮って住んでいた。

女媧に関しては以下をご覧ください!

女媧:中国神話における創造神で人を始めとして様々な動物を作り出した女神

石夷という名の神人がおり、西方人は単に夷と呼び、北方から吹く風を韋と称し、大地の西北の角で太陽と月の昇降時間の短長を司っていた。

石夷に関しては以下をご覧ください!

五彩の羽毛をまとった鳥がおり、頭の上には冠があり名を狂鳥と言った。大澤長山と言う山があった。白氏国があった。

狂鳥に関しては以下をご覧ください!

西北海より外、赤水の東岸に長脛国があった。

西周国があり、そこに住む人の姓は姫で穀米を食べた。まさに田を耕している人がおり、名を叔均と言った。帝嚳は后稷を生み后稷は各種の穀物の種子を天上から下界にもたらした。后稷の弟は台玺と言い、台玺は叔均を生んだ。叔均は父と后稷に替わって各種の穀物の種をまき、田を耕す方法を創造した。赤国妻氏がいた。双山があった。

嚳に関しては以下をご覧ください!

后稷に関しては以下をご覧ください!

西海より外の大荒の中に叫方山があり、山上には青色の大樹があり名を柜格松と言いい、太陽と月が出入りする場所であった。西北海の外の赤水の西岸に、天民国があり、そこに住む人は穀米を食べており、四種の野獣を飼いならしていた。北狄国があった。黄帝の孫は始均と言い、始均の子孫が北狄人であった。芒山があった。桂山があった。榣山があり、山上にあ人がおり、太子長琴と言った。顓頊が老童を生み、老童が祝融を生み、祝融が太子長琴を生み、太子長琴は榣山上に住んでおり音楽を創造し世に広めた。

祝融に関しては以下をご覧ください!

祝融:中国神話中の赤帝で火を司り時代を超えて現れる火神

五彩の羽毛をまとった鳥が三種いた。一種は凰鳥と言い、一種は鸞鳥と言い、一種は鳳鳥と言った。野獣がおり、形状は一般的なウサギと似ており、胸より後ろには毛は無く皮膚があらわになっていたが見えず、これは毛が猿のように青色でありその部分を遮っていたためであった。

鸞鳥、鳳鳥に関しては以下をご覧ください!

鳳凰:朱雀のモデルとなり火の中から甦るおめでたい神鳥

大荒の中に豊沮玉門山という山があり、太陽と月とが沈む場所であった。霊山があり、巫咸、巫即、巫朌、巫彭、巫姑、巫真、巫礼、巫抵、巫謝、巫羅の十人の巫師がこの山より天上に上りまた下界に降りていた。各種各様の薬物がこのあたりに生えていた。

西王母山、壑山、海山があった。沃民国があり、沃民はこのあたりに住んでいた。沃野に生きる人は鳳鳥が産んだ卵を食べており、天から降る甘露を飲んでいた。皆沃野の人々が鳳鳥の卵を美味しく食べ、甘露を美味しく飲んでいると思い、自分も鳳鳥の卵と甘露を味わってみたいと思った。この場所にはさらに甘華樹、甘柤樹、白柳樹、視肉怪獣、三騅馬、璇玉瑰石、瑶玉碧玉、白木樹、琅玕樹、白丹、青丹があり、銀と鉄を豊富に産出した。鸞鳥は自由自在に歌を歌い、鳳鳥は自由自在に舞を舞い、さらに各種の野獣がおり群れを作っていた。このため、肥沃な野という意味の沃野という名がついた。三羽の青色の大鳥がおり、紅の頭部で黒々とした目があり、一羽を大鵹と言い、一羽を少鵹と言い、一羽を青鳥と言った。軒轅台があり、弓を射る者は皆敢えて西に放たず、軒轅台上の黄帝の威霊を畏れ敬ったためであった。

視肉に関しては以下をご覧ください!

黄帝(軒轅)に関しては以下をご覧ください!

黄帝:中国の始祖であり古代神話中最大の功労者

大鵹、少鵹、青鳥に関しては以下をご覧ください!

大荒の中に龍山があり、太陽と月とが沈む場所であった。三つの池が集まってできた大池があり、三淖と言い、昆吾族人が食料を得る場所であった。青色の衣服を着た人がおり、ミカンでその顔を遮っており、名を女丑屍と言った。女子国があった。桃山があった。虻山があった。桂山があった。于土山があった。丈夫国があった。弁州山があり、山上には五彩の羽毛がある鳥が天を仰いでため息をついており、名を鳴鳥と言った。この場所では各種各様の楽曲歌舞が流行していた。軒轅国があり、そこの人々は住居を江河山嶺の南しており、吉祥を為していた。このため、寿命は短い人でも八百歳まで生きた。

鳴鳥に関しては以下をご覧ください!

西海の島嶼上に神人がおり、人面に鳥の体であり、耳には二条の青蛇をかけていた。足の底には二条の紅色の蛇を踏んでおり、名を弁玆と言った。

弁玆に関しては以下をご覧ください!

大荒の中に日月山という山があり、天の要であった。この山の主峰は呉姖天門山と言い、太陽と月が沈む場所であった。神人がおり、形状は人に似ているが腕はなく、二本の足は反り返り頭の上にあり、名を嘘と言った。顓頊は老童を生み、老童は重と黎を生んだ。帝顓頊は重に命じて天を手で上に持ち上げるように命じ、黎には地を押して下に下げるように命じた。それで黎は地下へ来て噎を生んだ。噎は大地の最西端におり、太陽と月と星々の運行順序を管理していた。腕が反対にある神人がおり、名を天虞と言った。女性がおりまさに月を洗っていた。帝俊の妻常羲は十二個の月を生んだので、月を洗い始めた。玄丹山があった。玄丹山の上には五彩の羽毛を持った鳥がおり、人面で頭髪があった。この場所には青雘(青色の鉱物顔料で藍銅鉱などと推測されます。)、黄鷔があった。この青色の鳥や黄色の鳥が現れた国はどこでも滅亡したと言う。池があり、名を孟翼攻顓頊池と言った。

嘘に関しては以下をご覧ください!

顓頊に関しては以下をご覧ください!

顓頊:黄帝の孫で中国古代の国家である華夏王朝の始祖。

黄鷔に関しては以下をご覧ください!

帝俊に関しては以下をご覧ください!

大荒の中に鏖鏊鉅山があり、太陽と月が沈む場所であった。野獣がおり、左辺と右辺各一つずつ頭がついていた。名を屏蓬と言った。巫山の山があった。また壑山の山があった。さらに金門山があり、山上には黄姖屍という名の人がいた。比翼鳥がいた。白鳥の一種がおり青色の羽があり、黄色の尾があり、黒色の嘴があった。赤色の犬がおり、名を天犬と言い、天犬が現れた場所はどこでも戦乱に見舞われたと言う。

比翼鳥に関しては以下をご覧ください!

天犬に関しては以下をご覧ください!

西海の南面、流沙沿い、赤水の後面、黒水の前面にある切り立った山が崑崙山である。神人がおり、人面で虎の体をしており、尾には花紋があり、白い斑点で埋め尽くされており、崑崙山の上に住んでいた。崑崙山の視野には弱水が集まってできた深淵で囲まれていた。深淵の外には火炎山があり、物を投げ込むと燃えてしまった。玉製の首飾りを身に着けている人がおり、口内にある歯は虎の歯であり、豹に似た尻尾があり、洞穴の中に住んでおり、名を西王母と言った。この山は世界各地の物を擁していた。

西王母に関しては以下をご覧ください!

大荒の中に常陽山があり、太陽と月が沈む場所であった。寒荒国があり、そこには女祭と女薎と言う二柱の神人がいた。寿麻国という国があった。南岳は州山の女を妻として娶った。彼女の名前は女虔と言った。女虔は李格を生み、李格は寿麻を生んだ。寿麻は太陽に下でまっすぐ立っていたが、いかなる影も見えず、大声で叫んでも四方からは何の反響もなかった。この場所は異常に熱く人は住めなかった。頭部のない人がおり、手には矛と盾を持って立っており、名を夏耕屍と言った。以前に成湯が章山で夏桀を討伐し、夏耕屍を夏桀の前で斬り殺した。夏耕屍は起き上がり、頭部がないことに気が付き、その罪下から逃れるために闇雲に逃げて巫山へ去った。呉回という名の人がおり、ただ左腕のみがあり、右腕は無かった。蓋山国があった。そこには樹木があり、樹皮、樹枝、樹幹は皆紅色であり、葉は青色で名を朱木と言った。長い腕が一本しかない一臂民があった。

大荒の中に大荒山があり、太陽と月が沈む場所であった。ここには頭の前のみではなく左右にの顔がある人がおり、顓頊の子孫で三面で一本腕で永遠に死なないと言う。ここがいわゆる大荒野である。

西南海より外の赤水の南岸、流沙の西面に耳に二条の青蛇をかけており二条の龍に乗っている人がおり、名を夏后啓と言った。夏后啓はかつて三度天帝の客となり、天帝の楽曲である《九辯》と《九歌》を得て、人間の元へと降った。ここが天穆野で、高さ二千仞で夏后啓が《九招》を演奏し始めた地であった。氐人国があった。炎帝の孫は霊恝と言い、霊恝は氐人を生み、そこに住む人は雲に乗り天と地を行き来することができた。体の半分が干からびている魚がおり、名を魚婦と言い、顓頊が死後に目覚めて変化したものであった。風は北方より吹き、天からは泉のような大水が湧きだし、蛇は魚に変わってしまった。これがいわゆる魚婦である。顓頊が死後に即ち復活した。青鳥がおり、体は黄色で爪は紅色、六個の頭が有り、名を鸀鳥と言った。大巫山があった。また金山があった。

炎帝に関しては以下をご覧ください!

炎帝神農氏:フーテンの寅さんと中国の妖怪退治で有名な茅山道士には意外な接点があったことが判明

西南の方角、大荒の一角に偏句山、常羊山があった。

  • 原文

西北海之外,大荒之隅,有山而不合,名曰不周负子,有两黄兽守之。有水曰寒署之水。水西有湿山,水东有幕山。有禹攻共工国山。
有国名曰淑士,颛顼之子。
有神十人,名曰女娲之肠,化为神,处栗广之野;横道而处。
有人名曰石夷,来风曰韦,处西北隅以司日月之长短。
有五采之鸟,有冠,名曰狂鸟。
有大泽之长山。有白氏之国。
西北海之外,赤水东,有长胫之国。
有西周之国,姬姓,食谷。有人方耕,名曰叔均。帝俊生后稷,稷降以谷。稷之曰台玺,生叔均。叔均是代其父及稷播百谷,始作耕。有赤国妻氏。有双山。
西海之外,大荒之中,有方山者,上有青树,名曰柜格之松,日月所出入也。
西北海之外,赤水之西,有先民之国,食谷,使四鸟。
有北狄之国。黄帝之孙曰始均,始均生北狄。
有芒山。有桂山。有榣山,其上有人,号曰太子长琴。颛顼生老童,老童生祝融,祝融生太子长琴,是处榣山,始作乐风。
有五采鸟三名:一曰皇鸟,一曰鸾鸟,一曰凤鸟。
有虫状如菟,胸以后者裸不见,青如猨状。
大荒之中,有山名曰丰沮玉门,日月所入。
有灵山,巫咸、巫即、巫盼、巫彭、巫姑、巫真、巫礼、巫抵、巫谢、巫罗十巫,从此升降,百药爰在。
西有王母之山,壑山、海山。有沃之国,沃民是处。沃之野,凤鸟之卵是食,甘露是饮。凡其所欲其味尽存。爰有甘华、璇瑰、甘柤、瑶碧、白木、白柳、视肉、琅玕、白丹、青丹、多银铁。鸾凤自歌,凤鸟自舞,爰有百兽,相群是处,是谓沃之野。
有三青鸟,赤首黑目,一名曰大鵹,一曰少鵹,一名曰青鸟。
有轩辕之台,射者不敢西向射,畏轩辕之台。
大荒之中,有龙山,日月所入。有三泽水,名曰三淖,昆吾之所食也。
有人衣青,以袂蔽面,名曰女丑之尸。
有女子之国。
有桃山。有虻山。有桂山。有于土山。
有丈夫之国。
有弇州之国,五采之鸟仰天,名曰鸣鸟。爰有百乐歌舞之凤。
有轩辕之国。江山之南栖为吉。不寿者乃八百岁。
西海郩中,有神,人面鸟身,珥两青蛇,践两赤蛇,名曰弇兹。
大荒之中,有山名曰日月山,天枢也。吴姖天门,日月所入。有神,人面无臂,两足反属于头山,名曰嘘。颛顼生老童,老童生重及黎,帝令重献上天,令黎邛下地。下地是生曀,处于西极,以行日月星辰之行次。
有人反臂,名曰天虞。
有女子方浴月。帝俊妻常羲,生月十有二,此始浴之。
行玄丹之山。有五色之鸟,人面有发。爰有青鴍、黄鷔,青鸟、黄鸟,其所集者其国亡。
有池,名孟翼之攻颛顼之池。
大荒之中,有山名曰鏖鏊钜,日月所入者。
有兽,左右有首,名曰屏蓬。
有巫山者。有壑山者。有金门之山,有人名曰黄姖之尸。有比翼之鸟。有白鸟,青翼,黄尾,玄喙。有赤犬,名曰天犬,其所下者有兵。
西海之南,流沙之滨,赤水之后,黑水之前,有大山,名曰昆仑之丘。有神,人面虎身,有文有尾,皆白,处之。其下有弱水之渊环之,其外有炎火之山,投物辄然。有人戴胜,虎齿,有豹尾,穴处,名曰西王母。此山万物尽有。
大荒之中,有山名曰常阳之山,日月所入。
有寒荒之国。有二人女祭、女囗。
有寿麻之国。南岳娶州山女,名曰女虔。女虔生季格,季格生寿麻。寿麻正立无景,疾呼无响。爰有大暑,不可以往。
有人无首,操戈盾立,名曰夏耕之尸。故成汤伐夏桀于章山,克之,斩耕厥前。耕既立,无首,走厥咎,乃降于巫山。
有人名曰吴回,奇左,是无右臂。
有盖山之国。有树,赤皮枝干,青叶,名曰朱木。
有一臂民。
大荒之中,有山,名曰大荒之山,日月所入。有人焉三面,是颛顼之子,三面一臂,三面之人不死。是谓大荒之野。
西南海之外,赤水之南,流沙之西,有人珥两青蛇,乘两龙,名曰夏后开。开上三嫔于天,得《九辩》与《九歌》以下。此天穆之野,高二千仞,开焉得始歌《九招》。
有互人之国。炎帝之孙名曰灵恝生百互人,是能上下于天。
有鱼偏枯,名曰鱼妇。颛顼死即复苏。风道北来,天及大水泉,蛇乃化为鱼,是为鱼妇。颛顼死即复苏。
有青鸟,身黄,赤足,六首,名曰鸀鸟。
有大巫山。有金之山。西南,大荒之中隅,有偏句、常羊之山。

出典:baidu

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