中国神話の奇妙な人を集めてみた。怪人特集3(王子夜、登比氏、作靖人、昆吾、一臂民)

王子夜()

王子夜は山海経に記載されていますが、惨殺後の現場が描写されているという悲惨な末路を送ってしまった人物です。

山海経の海内北経には、”王子夜の屍体は両手両足、胸、頭、歯は全て分断され別々の地へ分散された。”とあります。

よほどの大罪を犯してしまった人物であるのか、権力を持つ人物の恨みを買ってしまったのか不明ですが歯まで分断されてしまうとはその刑罰がいかに重かったのかを物語っています。

山海経海内北経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,12 海内経海内北経編

出典:baidu

登比氏()

登比氏は伝説の帝である帝舜の妻です。

山海経の海内北経には、”帝舜の妻である登比氏は宵明と燭光の二人の女の子を生み、彼女らは黄河の近くの大澤中に住んでいた。二柱の女神の霊光はこのあたりの周囲百里一帯を照らしていた。別の言い方をすると、帝舜の妻は登北氏とも言う。”とあります。

帝舜は古代の五帝に数えられる名君で、その徳は高く儒教においてもお手本とされている人物です。登比氏と帝舜の間には二人の女の子が生まれており、この女の子たちは成長すると女神となり、その霊光で辺りを照らしていたと言います。

登比氏の別名は登北氏と言いますが、おそらくは比と北が似ているためにつけられた、読み間違いや書き間違いなどにより二つの名前ができてしまったと推測されます。

山海経海内北経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,12 海内経海内北経編

出典:baike

作靖人()

作靖人は小人国に住む人々の名称です。

山海経の大荒東経には、”小人国があり、その国の人々は作靖人と称される。”とあります。

小人国の人々は実際に小さく、身長は三尺ほどしかありませんでした。三尺と言えば一メートル弱ですので、かなり小さな人々であったと思われます。

山海経大荒東経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,14 大荒経大荒東経編

出典:baidu

昆吾氏(こんごし kunwushi クンウーシィ)

神話時代の五帝の一人に数えられている帝顓頊の子孫に呉回がいました。呉回は帝嚳高辛氏の時代に南方の部落の首領となり、陸終を生み、陸終は六人の子を生みました。その子とは昆吾、参胡、彭祖、会人、曹姓、季連です。この子たちは成長してそれぞれ部落の首領となり、自身の姓と氏を使用しました。昆吾は陸終の長子で本名は樊と言い、樊の氏族は本家を別れた後に昆吾、現在の山西安邑辺りに住むようなり己姓を賜りました。そしてその地名から昆吾氏と呼ばれるようになりました。

昆吾氏は夏王朝の諸侯の一つで夏民族の一勢力でした。その弟の季連は楚人の祖先となっています。昆吾氏の部族は商の湯が夏王朝を滅ぼす前に離散しているとされ、離散後には西南へと移り楚国を形成したとされます。

昆吾氏はもともとは山西省の安邑におりその後に華北の濮陽に移り、最終的には河南省の許昌一帯へと移動したとされています。

別の説では、呉回が帝嚳の次第に兄の重黎に変わって姫姓の部落(黄帝の系譜)の火官となり、火正、火主、祝融と呼ばれました。このため昆吾氏は祝融、つまり呉回の末裔を称されました。このように呉回は祝融との関係が伺えます。

昆吾氏は面白いことに、現在の多くの人々の祖先であるとも考えられます。昆吾氏の古姓は”己”と言い、現在の中国の姓の起源の多くはこの昆吾氏にあります。例えば”吾”は古い発音では呉と同じであり、一部の吾氏は呉と言う姓に変えて後世の呉氏となりました。また、昆吾氏の首領であった許は堯の時代の名臣であり、堯の禅位を拒んだため山へと身を隠し、その後代は”許”姓の祖先となりました。その他にも蘇氏や樊氏、昆氏などの祖先ともなっています。

昆吾氏は山海経にも記載が見られており、山海経の大荒南経には、”山海経の大荒南経には、”伯服国という国があり、顓頊の子孫が伯服国を作り、そこに住む人は黄米を食べていた。鼬姓国があった。苕山があった。宗山があった。また姓山があった。また壑山があった。また陳州山があった。また東州山があった。白水山があった。白水はこの山より流れ出て集まり白淵を成した。ここは昆吾の師が体を洗った場所であった。”とあります。

山海経大荒南経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,15 大荒経大荒南経編

さらに大荒西経には、”大荒の中に龍山があり、太陽と月とが沈む場所であった。三つの池が集まってできた大池があり、三淖と言い、昆吾族人が食料を得る場所であった。”とあります。

山海経を読もう!No,16 大荒経大荒西経編

出典:baidu

一臂民()

一臂民は腕が一本しかない人々です。

山海経の大荒西経には、”大荒の中に常陽山があり、太陽と月が沈む場所であった。…呉回という名の人がおり、ただ左腕のみがあり、右腕は無かった。蓋山国があった。そこには樹木があり、樹皮、樹枝、樹幹は皆紅色であり、葉は青色で名を朱木と言った。長い腕が一本しかない一臂民があった。”とあります。

呉回氏は帝顓頊の子孫で、上で書いた昆吾氏の祖先です。

山海経大荒西経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,16 大荒経大荒西経編

出典:baidu

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