中国神話の奇妙な人を集めてみた。怪人特集1(大人、小人、不死民、樸父)

中国神話中では様々な奇妙で興味深い人々が登場しますが、今回記載した中で神異経に出てくる樸父の記述は特に面白いです。なぜなら天地創造の後に黄河を作った人であるとされており、天地創造から人類出現までの穴埋めをしている存在となっているからです。




中国神話における天地創造は二系統あり、女媧による天地創造と盤古による天地創造です。女媧には伏羲と言う兄がいて伏羲の子孫に黄帝がいます。中盤以降の中国神話では黄帝の系譜による中原の統治がなされていますので、女媧の天地創造が神話の本流となっています。樸父の記述中には禹と言う帝が出てきますが、この禹は黄帝の系譜であり夏王朝の創始者です。つまり、この樸父の神話は女媧と伏羲の天地創造の延長であると想像させます。

中国神話は現在では余分な贅肉がそぎ落とされて綺麗にまとめられていますが、漢代付近では様々な系統の神話が混在していたことを伺わせています。

大人(たいじん da4ren2 ダーレン)

大人は大人国に住んでいる人々のことを指します。面白いのは大人国の人々は市を開いているという記述です。市を開くということはそれなりの人口がおり、度量衡などの経済基盤が発展していることが示唆されます。

山海経には大人に関して以下のように様々な記述がありますので、山海経が書かれた漢代には有名な国と国民であったと予想されます。

大荒北経には、”大人と呼ばれる人が大人国に住んでいた。そこに住む人の姓は厘で黄米を食べた。”とあります。

山海経大荒北経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,17 大荒経大荒北経編

大荒東経には、”波谷山という山があり、この山の中に大人国が有った。大人は市を開き売買を行い、大人堂という山の山上にあった。一人の大人がうずくまって両手を広げていた。”とあります。




山海経大荒東経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,14 大荒経大荒東経編

海内北経には、”明組邑は海島上にあり生活していた。蓬莱山は海中にそびえ立っていた。大人の交易市場は海中にあった。”とあります。

山海経海内北経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,12 海内経海内北経編

海外東経には、”大人国はその北面にあり、そこに住む人々の身長は高く、船上に座り船をこいでいた。別の言い方をすると、大人国は■丘の北面にあった。”とあります。

山海経海外東経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,9 海外経海外東経編

大人国は東部の海沿いにあるとされていますが、この東部と言うのは洛陽から見て東部でありますので、黄海や渤海近辺であると思われます。海中と言う記述がありますが、この海中とは海の中ではなく地名であると思われます。

大人国の人々の姓は厘さんと言いました。大人と言うので身長の高い人々かと思われますが、秦朝に関する記述はありません。

大荒東経には”一人の大人がうずくまって両手を広げていた。”と言うまるでその場面を見ているような記述は山海経によく見られており、これはその光景を画いた絵が存在していたことを示しています。

出典:baidu

小人(しょうじん xiao3ren2 シャオレン)

小人はその名の通り小さな人々のことを指します。小人の身長は三尺ですので一メートルにも満たずに人間の幼児程の大きさです。

山海経には以下の記述があります。

三尺の高さの小人が国家を作り、名を焦僥国と言い、そこに住む人の姓は幾であり、良質な穀米を食べていた。

山海経を読もう!No,15 大荒経大荒南経編

小人国があり、その国の人々は作靖人と称される。

山海経を読もう!No,14 大荒経大荒東経編

小人の姓は幾と言い作靖人とも称されました。

出典:山海経

不死民(ふしみん bu4si3min2 ブゥスミン)

山海経の海外南経には、”不死民は滅蒙鳥の東面にあり、そこに住む人々は皆黒色であり、個々は長寿で人々は不死であった。別の言い方をすると、不死民は穿胸国の東面にあった。




反舌国は滅蒙鳥の東面にあり、そこに住む人々は皆舌の根が前方にあったため、舌先は喉の奥の方向を向いていた。別の言い方をすると、反舌国は不死民の東面にあった。”とあります。

この記述から不死民とは国名もしくは地名であると読み取れ、この不死民の人々は長寿であるとされています。

山海経海外南経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,6 海外経海外南経編

出典:山海経

樸父(ぼくふ piao2fu4 ピャオフゥ)

樸父は朴父とも書きますが、古代中国中で黄河を作った人物として書かれています。黄河は曲がりくねっておりたびたび氾濫を起こしていました。この氾濫を起こす理由付けとして樸父の神話が作られたと推測されます。

神異経には、”東南隅太荒の中、樸父がいた。夫婦共に千里の高さがあり、腹の周囲は自分を支えていた。天が初めて作られたとき、その夫婦を使って百川を開いたが怠け者であった。これを咎め、東南に並び立たせた。男女とも陰部を露わにしていた。飲まず食わず、寒さ暑さも畏れず、ただ雨露だけを飲んだ。黄河が澄むのを待ち、再びその夫婦を使い百川を護り導かせた。古の者が初めて立ち、この人が河を開き導いたが、河はある所は深くある所は浅く、ある所は広くある所は狭く、故に禹により治水がなされ、水が正常に流れるようになった。天はその夫婦を責めこれを立たせ、黄河を清くした者は即ち河と海との間に分水路を作ると水は自ら清くなった。(分水路は応龍が尾で地面を掃くことで作られました。)”とあります。

典型的なダメ人間ですが、黄河を作るという能力以上の大仕事を任されてしまったと言う自身にとっても人間達にとっても不孝な存在です。

禹に関しては以下をご覧ください!

禹:黄河の治水を成功させた大英雄で夏王朝の建立者

応龍に関しては以下をご覧ください!

応龍(應龍):不死身の帝王である蚩尤を討ち取った中国最強の龍

神異経に関しては以下をご覧ください!

神異経を読もう!神異経を翻訳してみた。

出典:baidu




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