山海経を読もう!No,8 海外経海外北経編

山海経翻訳シリーズNo,8、海外経海外北経です。

山海経の概要に関しては以下をご覧ください!

山海経:中国の妖怪はここから来ている!妖怪のネタ帳として有名な山海経

山海経のその他の翻訳に関しては以下をご覧ください!

山海経翻訳まとめページ

海外は中原から見て異民族が住む外国のことを指していますが、相変わらず個性的すぎる国と人々が出てきます((;゚Д゚)) 中には有名な神話である誇父追日の話や大禹が相柳を誅殺した逸話なども出てきており、文献として重要であることを伺い知ることができます。二千年以上前から神話があり、今まで残っているとには驚嘆します。

所々人や神が何かしら動作をしている記述がありますが、これはもともと絵がありその絵に描かれた内容を描写しているためであると考えられていますが、絵自体はまだ見つかっていません。

  • 翻訳文

海外は南西の隅から東北の隅に至るまでの国家地域であり、山丘河川の様子は以下に示すとおりである。

無啓国は長股国の東面にあり。そこに住む人々は子を産まず育てず子孫を残さなかった。(無啓国の人々は洞穴に住み泥を食べ男女の分別は無く一旦死ぬと土に埋めますが、心は腐らずに死後百二十年で新しい人に変わったと言います。)

鍾山の山神は名を燭陰と言い、燭陰が目を開けていると昼間となり、眼を閉じると夜となり、空気を吹き出すと寒冬となり、吸い込むと炎夏となる。水を飲まず食べ物を食べず、呼吸もしないが、一旦呼吸をすると風を興し、体長は千里あった。燭陰神は無啓国の東面におり、その形状は人と同じ顔をしているが体は蛇と同じで、全身紅色で鍾山の麓に住んでいた。

燭陰に関しては以下をご覧ください!

蛟龍、虬龍、燭龍、蟠龍、窫窳など様々な龍たち:中国の神獣、四象、霊獣特集

一目国は鍾山の東面にあり、そこに住む人は顔の真ん中に目が一つだけあった。別の言い方をすると、普通の人のように手足があった。

柔利国は一目国の東面にあり。そこに住む人は手が一本で足も一本であり、膝は反対向きについており、足を曲げるときは上方向に曲げた。別の言い方をすると、柔利国は留利国とも言い、人は足を反対に折り曲げていた。

天神共工の臣下は相柳氏と言い、九つの頭があり、九つの頭が分かれて九座山の上で食べ物を食べていた。相柳氏が触れたところは湖沼や渓流となった。大禹が相柳氏を殺し、その血が流れた地方は生臭く、五穀を栽培することが出来なくなってしまった。大禹はその地域を埋めたが、埋めるたびに陥没したため何度も埋めた。大禹が掘り出してできた泥土を歴代の帝たちの帝台とした。帝台は崑崙山の北面にあり、柔利国の東面にあった。この相柳氏は九つの人面の頭部と蛇の体を持っており青色であった。弓を射る人は、共工を畏れ敬いあえて共工台のある北には射らなかった。共工台は相柳の東面にあり、台は四角でそれぞれの角には一匹の蛇がいた。体には虎に似た模様があり、頭は南方を向いている。

共工に関しては以下をご覧ください!

水神共工:治水で民に尽くしそして山をも真っ二つに割ってしまう狂戦士

相柳に関しては以下をご覧ください!

相柳と浮遊:共工の忠実なしもべで洪水を起こす凶悪無比の悪神たち

深目国は相柳氏の場所の東面にあり、そこに住む人は皆片手を挙げている。別の言い方をすると、深目国は共工台の東面にあった。

無腸国は深目国の東面にあり、そこに住む人の身長は高く、腹の中には腸がなかった。

聶耳国は無腸国の東面にあり、そこに住む人は二頭の虎を呼ばせており、さらに歩くときには手に自分の耳を持って歩いた。聶耳国は海水が取り囲む孤島にあり、そのため海水に住む各種の怪物の出入りを見ることができた。

神人誇父が太陽を追いかけ、太陽に追いついた。その時に誇父は酷い喉の渇きを覚え水を必要とした。黄河と渭河の水を全て飲み干したが足りず、北へ行き大澤の水を飲もうと思った。その途中で喉の渇きにより死んでしまった。死ぬときに手に持っていた杖は鄧林に変わったと言う。

誇父に関しては以下をご覧ください!

誇父:弱きを助け悪を挫く太陽に立ち向かった伝説の巨人

誇父国は聶耳国の東面にあり、そこに住む人の身長は高く、左手で黄蛇を操っていた。鄧林はその東にあり、その中の二種類の特に大きな木が森林を形成していた。別の言い方をすると、誇父国は博父国と言った。

禹所積石山は博父国の東面にあり、黄河が流れる地方であった。

拘瘿国は禹所積石山の東面にあり、そこに住む人は常に片手で首の上に大きな肉瘤をおさえていた。別の言い方をすると、拘瘿国は利瘿国とも言う。

尋木という木は千里の長さがあり、拘瘿国の南面、黄河の岸の西北方向にあった。

跂踵国は拘瘿国の東面にあり、そこに住む人の身長は皆高く、両足は非常に大きかった。別の言い方をすると、跂踵国は反踵国とも言った。

欧丝野は反踵国の東面にあり、一人の女性が屈んで桑の木によりかかり、絹糸を吐いていた。

三桑は枝や幹のない桑の木で、欧丝野の東面にあり、高さは百仞で枝は生えていなかった。

范林は周囲三百里で、三桑樹の東面にあり、その下面は砂洲で取り囲まれていた。

務隅山は帝顓頊が埋葬された地の南面にあり、九嬪(顓頊の九人の妃)が埋葬された地の北面にあった。別の言い方をすると、この地には熊、羆、花斑虎、離朱鳥、ハイタカ、それに視肉がいた。

顓頊に関しては以下をご覧ください!

玄帝顓頊:中国史上初の国家である夏王朝につながる礎を築いた偉大なる帝

平丘は三桑樹の東面にあった。そこには遺玉(松の枝が千年経つと伏苓に、さらに千年で琥珀、さらに千年で遺玉になると言われています。)という玉石の一種、青馬、視肉と言った獣や、楊柳樹、甘柤樹(枝や幹が紅色で黄色い花が咲くき、葉は白色で果実は黒色。)、甘華樹(枝や幹は紅色で花は黄色。)と言った木がありこれらの果樹が育つ地方であった。二つの山に挟まれた谷には二つの大きな丘があった。名を平丘と言った。

北海内に野獣がおり、その形状は一般的な虎のようで名を騊駼と言った。さらに、駮という名の野獣がおり、白色の馬のようで鋸のような歯があり、虎を豹を食べた。さらに、蛩蛩という名の野獣がおり、白色で馬のようであった。さらに、羅羅という名の野獣がおり、青色で虎のようであった。

北方の禺疆神は人の顔で鳥の身体をしており、耳の上には二条の青蛇をつけ、足の下には二条の青蛇を踏んでいた。

以上

原文は以下のリンク先にあります。

山海经·海外北经

下のリンクをクリックすると中国の神獣や妖怪をまとめたページへ移動します。

中国の神獣妖怪のまとめページ

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク