重明鳥:圧倒的な力で魑魅魍魎を駆逐して福をもたらす神鳥

重明鳥(双睛)(ちょうめいちょう chong2ming2niao3 チョンミンニアオ)

重明鳥は中国古代神話中に出てくる神鳥で、形状は鶏のようですが、両眼にそれぞれ二つの眼球があります。この見た目より重明鳥や重睛鳥や双睛(そうせい)と呼ばれています。その気力は非常に大きく、猛獣をも駆逐してしまいます。さらに、猛獣や妖怪の災害を避ける能力も兼ね備えています。中国では新年に門の壁に鶏の絵を貼る風習がありますが、これは実は鶏ではなく重明鳥を描いたものです。

  • 重明鳥に関して

堯(ぎょう)が国君となり数十年が過ぎ、賢明でかつ質素であり、その名声は四海に轟いていました。晩年になると遠方の祇支国が堯に一羽の重明鳥と言われている奇鳥を献上しました。重明鳥はまたの名を双睛鳥(そうせいちょう)と言い、両眼にはそれぞれ二つの瞳孔が有りました。その形状は鶏のようで、鳳凰(ほうおう)と同じ鳴き声でした。重明鳥はよく羽毛を全部振るい落とし、光り輝く翼を羽毛のない体に纏い、空高く舞い上がり旋回しました。重明鳥は虎や豹、豺(アカオオカミ)、狼などの猛獣を駆逐し、多種の妖魔奇怪に人間に危害を加えさせないようにしました。

鳳凰に関しては以下をご覧ください!

鳳凰:朱雀のモデルとなり火の中から甦るおめでたい神鳥

重明鳥は食事をせず、ただ琼玉(ひすい)の膏液を飲むだけで満足しますので、人々に対する見返りは低いものでした。ただ、重明鳥は故郷に対する思いが強いため、重明鳥を故郷に自由に帰れるようにしてあげることが大切でした。

重明鳥は正義感が強く、人間の好意を理解することができますので、人々が一年中重明鳥に対して苦労をいとわなければ幾度となく訪れてくれるようになります。しかし、人々が重明鳥にに対して罪を犯すと数年以上こなくなります。

このため人々は重明鳥が訪れる庭先をきれいに掃除して、琼浆玉液(上質の玉で作ったどろりとした液体)を置いて重明鳥が休みに来るのを待ち望みます。禽獣鬼怪はいつも重明鳥が不在の時に人々に危害を加えますので、人々は木もしくは銅や鉄で重明鳥の像を作り庭先に置いておきます。鬼たちがこれを見ると恐れをなして逃げ出すので、災いを防ぐことができるといいます。

  • 瞽叟夜夢

瞽叟(こそう)とは目の見えないおじいさんの意味ですが、このお話の中では人の名前として使用されています。そして瞽叟は舜帝の父親でもあります。

舜に関しては以下をご覧ください!

舜:五帝に数えられる古代中国の名君で意地悪な親にも忠孝を尽くした帝

大昔に、歴山の下に眼の見えない人が住んでおり、名を瞽叟と言いました。ある日の夜、彼は夢を見ました。夢の中では重明鳥が彼の前まで飛んできて、嘴にくわえていた食べ物を渡して言いました。”今後私は行かず、あなたを赤ちゃんにしますがよろしいでしょうか?”といいました。これを聞いて瞽叟は大変うれしく思い、腰を落として重明鳥を抱きかかえようとしましたが、この瞬間に彼は目を覚ましてしまいました。




時間が経ち瞽叟はだんだんと訝しく思うようになりましたので、夢の一部始終を嫁に話しました。すると、嫁は言いました。”夢というのは心の中で思っていることなので、あなたは私に早く赤ちゃんを産めと思っているのです!”と。

この一件以来、しばらくの間瞽叟は嫁に赤ちゃんの話はしませんでした。重明鳥は双睛鳥とも言い、家々で飼っている鶏と見た目には大差がなく、鳴き声は鳳凰と同じでした。一点異なるのは、両目には二つの瞳仁があるということで、妖魔鬼怪、豺狼虎豹はその姿を見るまでもなく鳴き声を聞いただけで全身が震え上がり一目散に逃げ去ります。

百姓たちは皆重明鳥は邪鬼を避けるといい、人々は重明鳥の飛来を待ち望みました。しかし、重明鳥は非常に遠くの地に住んでいましたので滅多に訪れず、皆木を刻んだり泥を捏ねて重明鳥を作り家の屋根のてっぺんに設置しました。これを見た妖魔たちは驚きその家には近寄らないようになると言います。

瞽叟が夢で重明鳥を見て以降、瞽叟の嫁は本当に妊娠しました。十か月の後、丸まると肥った大きな赤ちゃんが生まれました。すると、赤ちゃんが生まれた当日に一羽の重明鳥が本当に飛んできて、瞽叟の家の門の前でさえずりました。重明鳥は家の中で赤ちゃんが生まれるのを待っており、赤ちゃんが生まれたときには門の前の重明鳥はいなくなっていました。瞽叟の近所の家々では瞽叟に非常にめでたいことが起こったと口々に話しました。

生まれた赤ちゃんを見てみると皆驚きました。何と赤ちゃんの眼が重明鳥と同じで、両目に二つずつ瞳仁があったのです。これを見て誰もがこの赤ちゃんは重明鳥の生まれ変わりであると噂しました。

この赤ちゃんは舜といい大きくなると誠実忠孝で、誰からも認められて帝位に就きました。

  • 帝堯に進貢する

堯の治世のある日、祇支国の使いが進貢に来たので、帝堯は礼儀を尽くして使者をもてなしました。この時、祇支国は一羽の異鳥を進貢しましたが、その形状は鶏で両翼の羽毛は抜け落ち皮がむき出しになっていたので、その見た目は非常に醜いものでした。

堯に関しては以下をご覧ください!

堯:お酒や囲碁を発明したという聖人で五帝の一

堯は遠路はるばる進貢に来たのはこの鳥に何か特異な部分があるからだ、と思い使者に聞きました。”この鳥は何という名前で何か特異な能力があるのか?”すると使者は”この鳥の両眼には二つずつ眼珠があり、このため重明鳥、または重睛鳥と言います。気力は非常に高く猛獣を寄せ付けません。その鳴き声は鳳凰と同じで、一切の妖魔や災いは遠くに逃げてしまいます。害することはできず、霊鳥の一種です。そのため、堯帝に貢献いたします。”堯は続けて、”重明鳥の羽毛は不完全だがそれなのに猛獣を駆逐できるのか?”と聞きました。




使者が返答しようとして口を開こうとしたとき、重明鳥はこの様子を理解して鳳凰に似た長い鳴き声をあげました。そして突然羽のない二翅の翼を広げ鳴き続けました。その鳴き声は何かの曲を奏でているようで非常に美しいものでした。その時叔均が殿上で重明鳥が殿を出て去ったのを見て、逃げたぞ!、と叫びました。すると使者は笑いながら、戻ってきますよ、と言いました。

しばらくすると重明鳥は本当に戻ってきました。この時階上の侍衛は突然空に無数の群鳥が非常に速い速度で北へ向かって飛んでいるのを見ました。後に聞いた話だと、飛んで行ったのは梟鴟(ふくろうの種類)の類で重明鳥の鳴き声を聞いた後に恐れをなして逃げ出したためでした。この事により、重明鳥がいる数百里の内には梟鴟悪鳥はいなくなり、本当に奇怪な出来事でした。

堯は重明鳥を見るや否やその様子から霊鳥だと感じていました。そして使者に対してさらに質問を続けました。”重明鳥の羽毛は年中その様なのか?”と。使者は答えます。”いいえ、重明鳥の羽毛は抜けたり生えたりします。今は抜け落ちる時期なのでこのようになっています。” 堯は再び聞きました。”重明鳥は何を食べるのか?” 使者は答えます。”自然に居る時には何を食べているのかわかりません。しかし、飼育するときには琼玉の膏飴を餌としています。” 堯は家臣の商量にこの重明鳥の飼育方法を記録させました。

堯は、”重明鳥は霊鳥であり、鳳と似ているので籠に入れて窮屈な思いをさせることはできないので自由にさせよう。しかし、餌となる玉はどこから供給できるのだろうか?”と言いました。群臣がこれを聞いて皆納得したので、重明鳥を木々の中に放ち、その自由を聞きました。

その後重明鳥は空を羽ばたいて自由に行き来しました。すると、帝都付近の数百里内にいた豺狼虎豹と言った猛獣たちは皆重明鳥に倒されてしまいました。猛獣がいなくなったので人々は自由に行き来できるようになり便利になりました。また、民間の家に妖異あるいは不祥のことがあったときは重明鳥が現れると妖異はすぐに姿をひそめ、不祥の事は大吉に変わりました。

山林川沢の猛獣も重明鳥の鳴き声を聞くとみな遁走したため、人々は神明の如く重明鳥を奉じ、重明鳥が自分の家を訪れるように門の前を清掃しない家はありませんでした。重明鳥はしばらくの間帝都に住み、忽然と飛び去りました。その後、一年に一度戻ってきました。それ以降は数年に一度の間隔で戻ってきたので。人々は待ちきれなくなり木を削って重明鳥の像を作り、あるいは金属を鋳造して重明鳥の像を作り、門戸の間に設置しました。




これにより一切の魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類は恐れて近づかなくなり姿を消しました。このため、後世の人々は毎年元旦にある者は木を刻み、ある者は金属を鋳造して、ある者は一羽の鶏の形状を絵に描いて飾ったといいます。これに似た内容は《拾遺記》などにも見られます。

魑魅魍魎に関しては以下をご覧ください!

魑魅魍魉:美女を食べるという極悪非道な鬼怪たち

出典:baidu

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