帝江:果たして歌を歌い舞いを舞う神鳥なのかそれとも恐ろしい四凶の混沌なのか?

帝江(ていこう di4jiang1 ディジアン)

帝江は中国古代神話中の神鳥ですが、神鳥の他にも四凶の混沌のことを指すなど様々な解釈があります。かなり複雑な経緯をたどり現在に伝えられているようにも見える帝江ですが、考えられる成立の経緯は以下の通りです。

  • 混沌と帝江

帝江は中国古代神話中の神鳥ですが、一方で古代神話中で暴れまわった四凶の混沌の事であると言う説があります。神鳥が突然凶悪な怪物となってしまっていますが、そもそもこのような解釈が生まれたのは山海経の記述によります。




山海経の西山経・西次三経には、”さらに西へ三百五十里に天山があり、山上には豊富な金属鉱物と玉石があり、石青、雄黄も産出した。英水はこの山より流れ出て西南へ向かい湯谷へと注いだ。山中には神が住んでおり、容貌は黄色の袋のようで出現するときに放つ紅色の光は火のようであり、六本の脚に四本の羽を持ち、混沌としており顔ははっきりしなかった。また歌を歌い舞いを舞うことを知っており、元々は帝江(ていこう)であった。”とあります。ここに顔が混沌としているという記述と帝江と言う記述が見られています。

仰ぎ笑っていた。”とあり混沌が凶獣として書かれています。

混沌に関しては以下をご覧ください!

四凶(饕餮、窮奇、梼杌、混沌):中国神話中で暴虐の限りを尽くした凶悪な四凶神

西山経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,2 五蔵山経西山経編

また、混沌に関しては司馬遷の五帝本紀に記載が見られており、”昔、鴻氏に非才の子があった。義を貶め賊を匿い、凶行悪事を好み天下はこれを渾沌(こんとん)と言った。”とあります。混沌は他の四凶たちと共に舜によって西方に追放されています。山海経と五帝本紀の内容が結びついてしまったのがこの帝江なのです。

この他にも《神異経》に記載されている怪獣に混沌の名が見られます。《神異経》には、”崑崙の西に獣がおり、その形状は犬で毛は長く四つ足で羆に似ていたが爪は無く目はあったが見えなかった。歩くときは足を開かず両耳は聞こえず、人の知性は持っており、腹はあったが五蔵は無く、腸はあったが曲がってなくまっすぐであった。徳のある人物はこれとかかわらず、悪人はこれを頼った、名を混沌と言った。空におり無を為し常にその尾を噛みくるくる回り天を仰ぎ笑っていた。”とあり混沌が凶獣として書かれています。




さらに鴻氏は帝鴻とも言いますが、帝鴻と帝江は同じであると言う説もあります。この説の根拠は昔の江と言う発音と鴻と言う発音は同じであったので通仮字として用いられていたことによります。つまり鴻の代わりに同じ読みで書きやすい江を用いていたので帝鴻を帝江と書いてしまったのです。通仮字は中国の不思議な習慣で同じ読みの漢字を代わりに用いることですがもともと漢字の意味が違うので分の内容自体が変わってしまい読み手は大混乱してしまいます。古い書物によく見られます。

このように一方は歌を歌う神鳥ですがもう一方では恐ろしい四凶という存在の帝江ですが果たしてどちらの姿が正しいのでしょうか。

袁枚(1716-1798)の《子不語蛇王》では次のように語られています。”楚には蛇の王者がいた。帝江に似ていて、耳と目と爪と鼻がなく、口だけあった。肉の塊で、行く先々の草木が枯れてしまった。”とありこれは混沌のことを言っているのではないかと言われています。

  • 四凶の怪物としての帝江

四凶は古代中国、帝堯の時代に悪事を尽くした凶悪な怪物たちを指します。四凶は饕餮、檮杌、混沌、窮奇をまとめて指しています。この四凶は帝堯の後をついて帝となる舜により断罪されて西方へと追いやられています。この中で混沌と帝江が同一と看做されています。

渾沌は混沌や渾敦とも書きます。伝説では混沌は肥った丸い形状で火のような紅色で四つの羽があり六本脚で五官は有りませんでしたが歌舞曲楽に通じていました。別の説では混沌は犬もしくは熊と似た動物ですが、人には見ることも聞くことも出来ず、常に自分の尾を咬みげらげら笑い、高尚な人物に出くわすと気の赴くままに暴力をふるい、悪人に出くわすとその言うことを聞くと言います。

出典:baidu




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