山海経に出てくる奇妙な国や民族を集めてみた。異国6(周饒国、長腕国、焦堯国、奇肱国、丈夫国、巫咸国、女子国、軒轅国)

大好評の古代中国の奇妙な国を集めるシリーズ第六弾です。今回も想像を絶する国と国民が出てきます。

周饒国(しゅうじょうこく zhou1rao2guo2 ジョウラオグオ)

周饒国は焦僥国とも言い、滅蒙鳥の東面にあったと言われています。この国の人々は小さく、小人でしたが着ているものは非常に整然としており、上品で礼儀正しかったと言われています。

山海経の海外南経に記載があり、”周饒国は滅蒙鳥の東にあり、そこに住む人は皆身長が低く、帽子をかぶり腰帯を締め整った身なりをしていた。別の言い方をすると、周饒国は三首国の東面にあった。”とあります。

山海経海外南経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,6 海外経海外南経編

出典:baidu

長腕国(ちょうわんこく chang2wan4guo2 チャンワングオ)

長腕国は海外南経に記載が見られており、長腕国は滅蒙鳥の東面にあり、そこに住む人々が水中で魚を捕っているときには両手にそれぞれ一匹ずつ魚を掴む。別の言い方をすると、長腕国は焦堯国の東面にあり、そこに住む人々は大海の中で魚を捕る。”とあります。

山海経中では手で魚を捕まえる様子が書かれています。

山海経海外南経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,6 海外経海外南経編

出典:山海経

三身国(さんしんこく san1shen1guo2 サンシェングオ)

三身国は山海経の海外西経に記載が見られています。

海外西経には、”三身国は夏后啓の地の北面にあり、そこに住む人々は一つの頭に三つの胴体があった。”とあり、正面から見るとエグザイルみたいな人たちが住んでいたと言います。その姓は姚姓であり、黍を食べていたと言われています。

山海経海外西経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,7 海外経海外西経編

夏后啓とは、夏王朝の二代目です。夏后啓の地とは大楽野の事を指しており、この地は夏后啓が《九代》の舞を見た地でると言われています。

夏后啓に関しては以下をご覧ください!

夏后啓:中国史上初めて帝位を世襲した夏王朝の二代目の帝

伝説によると、彼らの三つの頭は五官を共有しており、呼吸の時には同時に息を吸い込んだと言います。また、一つの頭が見ている光景は、他の頭でも見ることが出来るのですが、食べている物に関しては分からないと言います。

山海経の大荒南経にも三身国の記載が見られており、”大荒中に不庭山があり、栄水は最終的にはこの山に流れ到る。そこには三つの胴体を持つ人がいた。帝俊の妻は娥皇と言い、この三身国の人は帝俊と娥皇の子孫であった。三身国の人は姓を姚と言い、黄米を食べ四種の野獣を飼いならしていた。”とあります。三身国の人々は山海経中では天帝として書かれている帝俊と娥皇の子孫であるとされています。

山海経大荒南経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,15 大荒経大荒南経編

出典:baidu

丈夫国(じょうふこく zhang4fu1guo2 ジャンフーグオ)

丈夫国は山海経の海外西経に記載が見られており、”丈夫国は維鳥の北面にあり、そこに住む人々は皆衣服を着て帽子をかぶっており宝剣を帯びていた。”とあります。

山海経海外西経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,7 海外経海外西経編

《漢唐地理書抄》の《括地志》には、”殷帝大戊が王孟に西王母の所で薬を集めさせた。そこに当博した時には食料は尽きており、木の実を食べ木の皮を着ており、生涯妻はなかったが二子を生み、背の間から出てきた。これが丈夫国であった。”とあります。

西の辺境の地方には、男だけの国があり人々は年中剣を帯びていました。商代の初期には君王は王孟を西王母の元に派遣して不死の霊薬となる薬草を集めさせました。食料が無くなり。道半ばでただ木になっている果実を食べ、木の皮を着て荒れ山の中に住んでいた。

彼は独り身で妻子は居らず、天帝は彼に子孫がいないことを憐み寝ている間に背の肋骨の間から二人の子供を出した。子供は生まれた後に、王孟はこの世を去った。王孟の子供も同じ方法で子供を産みました。そして全て男のまま次第に増えていき、丈夫国が出来たとされています。

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巫咸国(ふかんこく wu1xian2guo2 ウーシアングオ)

巫咸国は山海経に記載が見られている古代中国に存在していたとされる国です。

山海経の海外西経には、”巫咸国は女丑の北面にあり、そこに住む人は右手に一条の青蛇を握り、左手に一条の紅へ部を握っていた。登葆山があり、一群の巫師が天上と人間の地方を往来していた。”とあります。

山海経海外西経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,7 海外経海外西経編

巫咸という人物自体も山海経に記載が見られており、堯の時代に巫術を操り人々の生死を知りその能力は帝堯も敬ったと言い伝えられています。この巫咸が帝堯により諸侯に封じられ、巫咸国となったとされています。

この巫咸に関しては大荒西経に、”大荒の中に豊沮玉門山という山があり、太陽と月とが沈む場所であった。霊山があり、巫咸、巫即、巫朌、巫彭、巫姑、巫真、巫礼、巫抵、巫謝、巫羅の十人の巫師がこの山より天上に上りまた下界に降りていた。各種各様の薬物がこのあたりに生えていた。”とあります。

山海経大荒西経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,16 大荒経大荒西経編

この十人の巫術師たちは霊山十巫とも呼ばれており、死者をも生き返らせた神医とも称されています。巫咸は山海経中ではこの霊山十巫の首として書かれています。

巫咸の咸という漢字は中国では塩辛いという意味を持ちます。このため巫咸は塩に関係していたのではないかとも考えられています。これは三峡一帯に伝説としてもあり、塩を生産していた部族なのではないかという説もあります。

霊山十巫に関しては以下をご覧ください!

霊山十巫:死んだ神をも生き返らせる中国神話中の神医たち

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女子国(じょしこく nv3zi3guo2 ニュィズグオ)

女子国は山海経中に記載が見られる国で、二人の女性が住んでいるとされています。

山海経の海外西経には、”女子国は巫咸国の北面にあり、二人の女性がここに住んでいた。四方には水環が巻かれていた。別の言い方をすると、彼女らは一道門の中間に住んでいた。”とあります。

山海経海外西経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,7 海外経海外西経編

晋時代の郭璞は、”黄池があり、婦人が入浴し出ると懐妊する。男子を生み、三歳で死んでしまう。”と注釈を加えています。この他にも三国志の魏志・東夷伝には、”海中に国があり、全て女で男はいなかった。”とあり、淮南子にも女子民がいたと書かれています。

淮南子に関しては以下をご覧ください!

淮南子:不思議な生き物についても書かれている西漢時代の思想書

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軒轅国(けんえんこく xuan2yuan2guo2 シュエンユエングオ)

軒轅国の軒轅とは黄帝を指していると思われます。このため姓は黄帝と同じ姫であり、その首領は中原の覇者である黄帝であったと考えられます。

黄帝に関しては以下をご覧ください!

黄帝:中国の始祖であり古代神話中最大の功労者

山海経の海外西経には、”軒轅国は窮山のそばにあり、そこに住む人々は不老長寿で八百歳まで生きた。軒轅国は女子国の北面にあり、彼らは人面蛇身であり、尻尾が頭頂部に巻かれていた。”という記載があります。

山海経海外西経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,7 海外経海外西経編

山海経の大荒西経には、”軒轅国があり、そこの人々は住居を江河山嶺の南しており、吉祥を為していた。このため、寿命は短い人でも八百歳まで生きた。”とあります。

山海経大荒西経に関しては以下をご覧ください!

山海経を読もう!No,16 大荒経大荒西経編

博物志にも軒轅国の記載が見られており、”軒轅国は窮山のそばにあり、その寿命は八百歳であった。諸天の野で鸞鳥と舞った。民は鳳凰の卵を食べ、甘露を飲んだ。そこに住む人々は軒轅民と称せられた。”とあります。

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