鵬:巨大すぎる鳥だがもともとは魚というカオスな神鳥

鵬(ほう peng2 ポン)

鵬は中国神話中で最大の鳥であり、鯤(こん)が変化したものだと言われています。中国で鵬という漢字は《説文》や《字林》などの書籍によると鳳の古字であると言います。《説文》には、”鳳は飛び、万の群鳥が従い、故に朋は朋党と言う字を為した。”とあります。

日本でも昭和の大横綱の大鵬や薬品会社の大鵬薬品などにその名が見られておりますので、日本では鵬は割と身近な存在であったことを伺わせます。

鵬の字の左の朋は群鳥の王の地位に由来しています。これから鵬と鳳凰は同じトーテムを源流に持っており、次第に分かれて行き特徴も異なるようになっていったと推測できます。

鵬が中国の古代文献中で最も早くその名が見られるのは《庄子》です。庄周は、《庄子ー逍遥》中で、”北冥に魚がおり、その名を鯤と言った。鯤の大きさは数千里に及んだ。変化し鳥となり、名は鵬となった。鵬の背は数千里に渡り、怒り飛ぶとその広げた翼は天の雲のようであった。”とあり、巨大な鯤という魚が巨大な鵬と言う鳥に変わったことが書かれています。




《神異経ー中荒経》には、大鳥”希有”の描写があり、おそらく大鵬の別称であると考えられています。”崑崙山に銅の柱があり、その高さは天に届きいわゆる天柱也。周囲は三千里あり円状に削ったかの如くであった。上には大鳥がおり、名を希有と言い、南を向いており広げた左翼は東王公を覆い、右翼は西王母を覆っている。背の上には所々羽が無く一万九千里あり、西王母は羽の上に登り東王公に会った。”とあります。一万九千里とは崑崙山から東海までの距離を言っていると考えられています。

《水経注》には、この《神異経》を引用した一文があり、”希有が有り、緑赤の二色で鳴かず食べず、東は東王公を覆い、西は西王母を覆い、王母が東へ行きたいときにはその背を通って行った。”とあります。希有の体の色は緑と赤で、鳴かないのみならず餌も食べないと《神異経》の記述にさらなる情報を付加しています。

金翅鳥の描写は明清時代の小説に多く見られます。有名な西遊記には獅駝国の三大王は”雲程万里鵬”と称し、”) 風運海、振北図南”(元々は庄子からの引用)に達し、一度羽ばたくだけで九万里を飛び、如来仏祖と淵源に有る、と書かれています。《封神演義》には、大鵬は”羽翼仙”と称し、貪食好殺で燃灯道人に降伏させられました。

東方、西方の各民族は現代まで大鵬鳥の伝説を多く語り継いでいます。

蔵族の創世歌である《斯巴形成歌》中には、”混ざり合っていた天地が分かれたのが大鵬である。”とあり、大鵬の卵は人を生みこれが蔵族の始祖とされています。また、西蔵仏教では憤怒の相の仏像の頭頂には大鵬金翅鳥が飛んでおり、多くの蔵族は大鵬金翅鳥の像を身に着けています。これは大鵬を身に着けることで吉祥と智慧と能力を獲得できると信じているためです。

出典:baidu

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