鼠の妖怪もいっぱいいる中国の鼠の妖怪特集:獐鼠、火鼠、驢鼠、

獐鼠 (しょうそ zhang1shu3 ジャンシュー)

  • 獐鼠と神農氏

獐鼠は”神農炎帝与薬不過獐鼠不霊”(神農炎帝と薬は獐鼠を不能のままにしておかない。)というお話に出てきます。神農氏は古代中国神話中に出てくる医薬の神様であり、農業の創始者で神様で、市を開いた人でもあります。このことから薬局や農業、果ては日本の的屋などからも神農神として祀られています。伝説中では太陽神でもあり、人身牛首、三歳で畑仕事を覚え、大人になってから身長八尺七寸、龍顔大唇という風貌でした。

神農氏は姜姓部落の首領と言われており、農具である鋤や鍬などを発明し。人々に農業のやり方を教えました。陶器作成や紡績を行い火を使用するなど様々な功績があります。このことから火の王、すなわち炎帝と称されました。炎帝は代々受け継がれる称号ですが、神農は号です。山東曲阜に都を築き、後世の人々は農業の神と称えました。

炎帝神農氏に関しては以下をご覧ください!

炎帝神農氏:フーテンの寅さんと中国の妖怪退治で有名な茅山道士には意外な接点があったことが判明

神農氏は農業のみではなく医薬の発明を行ったことでも有名です。神農氏は私利私欲がなく、よく民のために尽くしました。薬を作るための薬草を探す際も、毒があるかどうか、また体のどの部分に薬効があるかを自分の身体を以て調べました。西漢初年の古書《淮南子》には、”神農百草を味わい、一日七十毒に遇った。”つまり、薬草を捜すために様々な草木を実際に嘗めてみてその効果を調べたのです。中には毒草があり、その毒草で一日七十回も中毒を起こしたと言います。神農氏の死因もこの嘗百草にありました。

神農氏が山を歩き水を渡り嘗百草を行い、多くの命を救うために解毒の良薬を捜していました。この行いに感銘を受けた天が神農氏を助けるため崑崙山で仙を修めた獐鼠を遣わしました。この獐鼠はまたの名を獐獅と言いました。伝説では、獐鼠は全身を透けてみることができ、五臓六腑及び十二経絡を見ることができたと言います。神農氏が薬草を嘗めたとき、効果のある臓器が黒色に変色したのでこの獐鼠がその変色した臓器を調べて薬効を確かめたと言う訳です。

  • 神農炎帝与薬不過獐鼠不霊

神農氏が嘗百草を行っているとき、常に獐鼠をそばに置いておきました。ある日、獐鼠は巴豆(はず)という草の実を食べました。すると下痢が止まらなったので、神農氏は獐鼠を青葉の木の下で休ませました。実際に巴豆には強い下剤としての効果があることが知られています。

一晩経つと何と獐鼠は奇跡的に回復していました。なぜなら青木の葉上から滴る露に解毒作用があり、偶然獐鼠がそれを吸っていたからです。神農氏は青葉から滴る露を集め、いつものように口の中に放り込み嘗めました。すると口内が爽快になり渇きを潤しました。




この青木はお茶の木で、神農氏がお茶を発見したのでした。昔はお茶には解毒作用があるとされ、薬として飲まれていました。神農氏と薬が病気の獐鼠を治療したことからこのお茶を発見したという故事は中国では”神農炎帝与薬不過獐鼠不霊”と呼ばれています。

  • 薬局で信奉される獐鼠

ある日獐鼠はいつものように神農氏の嘗薬を手伝っていました。山の中に滾地虫という小動物が地面を転がって獐鼠の面前までやってきました。獐鼠がそれを食べた後、全身が黒くなり、しばらくすると獐鼠は死んでしまいました。

この何事も恐れない獐鼠が滾地虫を恐れたという逸話は、滾地虫が一種の毒を持った小動物であったということを意味しています。滾地虫は地を転がる虫という意味ですが、虫自体もともと爬虫類を含んだ生き物の総称でした。蛙や蛇などどれも虫偏がついていることからも伺えます。従って、この滾地虫は蛇を含めた毒を持った生き物であったと考えられます。

その後、医薬を扱う人々の間では獐鼠が炎帝神農氏の嘗百草を手伝って万民に奉仕したことを記念して、自分の薬店の薬の薬効を証明するためにテーブルの上に一尊の獐鼠の石刻を置くようになりました。これには自身の店の薬はすでに獐鼠が試したものである、という意味も込められています。

出典:mswhw.cn

火鼠 (かそ huo3shu3 フオシュー)

  • 火鼠とは

火鼠は日本の竹取物語でも有名です。かぐや姫が貴公子たちに出した婚姻の条件の一つが火鼠の皮衣を取ってくることでした。

火鼠はまたの名を火光獣とも言います。古代中国の伝説中では、南方の火山の中に住んでいる奇鼠で、不尽木という名の焼けても壊れない木に住んでおり、火鼠に対応する氷蚕という妖怪がいました。蘇軾の《徐大正閑軒》には、”氷眉寒さを知らず、火鼠暑さを知らず。”とあります。

3b87e950352ac65c558840a8f3f2b21192138a5f

言い伝えによれば、火鼠は火の中にいるときには体は赤紅色になりますが、火から出ると白色に、火の中から出てきたときに水をかけると死んでしまうと言います。別の説では、春と夏に活動し、秋冬には姿が見られなくなると言います。

火鼠は火の中でも生存でき、その毛皮は火でも傷つかず、このため多くの人々がこの火鼠の毛皮を探し求めました。この毛皮は火浣布とも言われ、現代では石綿のことであると考えられています。

  • 書物に見られる火鼠

《神異経》では、”南荒の外に火山があり、昼夜燃えていた。火の中に100鈞の重さがある鼠がいた。毛の長さは二尺あまり、糸のように細く布が織れた。常に火の中に居り、外に出ると白くなり水をかけると死に、その毛を取り布を織った。この布は汚れても火で焼くと白くなった。” とあります。

《海内十洲記・炎洲》には、”南海中にある炎洲には、火林山があり、山中には火光獣がいた。鼠くらいの大きさで、毛の長さは三四寸である時は赤、またある時は白であった。山は三百里あり、夜でもこの山林が見渡せた。それはこの獣の光で照らされているからであり、火が燃えて光っているようであった。その獣毛は火浣布を成す。”とあります。




《太平御覧》第八十二巻には、晋張勃の《呉録》を引用して、”日南比景県には火鼠がおり、毛を取り布を成し、燃やしても綺麗なままである。名を火浣布と言った。”とあります。また、唐張説の《喜雨賦》には、”南窮火鼠の沢、北尽燭龍の会。”とあり、宋の蘇軾の《徐大正閑軒》の詩に、”氷蚕不知寒、火鼠不知暑”とあります。

出典:baidu

驢鼠 (ろそ 驴鼠 lv2shu3 リューシュー)

驢鼠は中国の妖怪です。晋の干宝の《捜神記》第四巻に、”郭璞が江を過ぎ、宣城太守の殷祐に参軍した。その時、水牛位の大きさで、灰色で胸の前と尾の上は全体が白く、象のような足とを持っており。大力だが鈍足の妖怪が城下にやってきた。衆人は驚き、祐はこれを捕まえるため、璞に卦をさせた。遁の蠱に遇うと出て、名を驢鼠と言った。”という記載が見られます。

捜神記に関しては以下をご覧ください!

捜神記:中国の様々な伝説が記されている貴重な書物

この捜神記中の記述は、安徽省の宣城郡にこの驢鼠という妖怪が出現した時の様子を書き記しています。郭璞が参軍するために揚子江を渡ってやって来た時にこの妖怪が出現しました。全身は灰色で水牛のような大きさでしたが、胸は純白でした。太くて短い脚は象に似ていて動作は遅かったと記されています。もちろんこのような怪物が突然出てきたので衆人は大騒動を起こしました。

e61190ef76c6a7ef8a7fd505fdfaaf51f3de66b3

太守の殷佑は捕獲の令を出しました。これに先立ち郭璞に卦をさせて調べさせました。その結果は、この怪物はいわゆる驢鼠という妖怪であることが判りました。そこで役人たちが土地の神や巫師に指示を請い、最終的に次のような指示を受けました。

”この動物は蘭亭(安徽省)驢山の神の使いであり、荊山へ行く途中であったので誰一人として触ってはいけない。この動物が現れたとき、民衆に戟で刺されて一尺ほどの深い傷を負っている。”これを聞いて誰も軽挙妄動を取りませんでした。衆人が見守る中、その動物は去ってき再び現れることはなかったと言います。

出典:baidu

耳鼠(じそ er3shu3 アルシュゥ)

耳鼠は鼠のようですが兎の頭を持ち、尾で飛ぶことが出来るという怪物です。

耳鼠は山海経の北山経に記載が見られ、”さらに北へ二百里に丹熏山があり、山上には臭椿と柏が繁茂し、雑草は野生の韮と野生の辣韭が最も多かった。さらに、丹雘を多く産出した。熏水はこの山より流れ出て西へ向かい棠水へと注いだ。山中には野獣がおり形状は鼠のようであるが兎の頭と麋鹿(大型の鹿)の耳を持ち、発する声は犬のようであったが、尻尾を使って飛行し、名を耳鼠と言った。その肉を食べると膨張病に罹らない上、百毒の害を避けることができると言う。”とあります。

耳鼠はモモンガなどがモデルになっていると推測できますが、一方で尻尾で飛行するという記述から脇腹の膜を使って飛ぶモモンガとは異なった種類である可能性が読み取れます。

山海経を読もう!No,3 五蔵山経北山経編

出典:baidu

奚鼠(けいそ xi1shu3 シーシュゥ)

奚鼠は巨大な鼠の怪物で氷の下に住んでおり重さは千斤でその肉は食べることが出来ると言います。また、毛皮はコートにすることが出来、その質は高く、その皮で太鼓を作ると千里に響き、その毛は鼠たちを呼び寄せることが出来ると言います。

奚鼠の記述は神異経に見られています。さらに李巡は《爾雅》中の注釈として、”鼱鼩(とがりねずみ)の別名を奚鼠という。”と書いています。しかし、とがりねずみは非常に小さい鼠ですので、この記述は重さが千斤もある巨大な鼠という記述と矛盾しています。鼱鼩は古くは別の種類の鼠を指していた可能性も無きにしも非ずですが、はっきりとは分かりません。

出典:baidu

狙如(そじょ ju1ru2 ジュールゥ―)

狙如は戦争の兆しとされる鼠の怪物です。

山海経の中山経には、”さらに東へ三十里に帝山があり、山上には玉石が豊富にあり、山下には金が豊富にあった。山中には野獣がおり、形状は鼣鼠(犬に似たネズミ)に似ており、白い耳と白い口で狙如と言った。狙如が出現した国はどこでも大戦争が起こったと言う。”とあります。

山海経を読もう!No,5 五蔵山経中山経編

出典:baidu

今回は鼠の妖怪を集めてみました。日本では鼠の妖怪と言えばゲゲゲの鬼太郎のネズミ男が有名ですが、中国の妖怪ではまた一味も二味も異なる不思議な妖怪達です( ´∀`)

下のリンクをクリックすると中国の神獣や妖怪をまとめたページへ移動します。

中国の神獣妖怪のまとめページ




スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク