龍伯:蓬莱山を支えていた巨大すっぽんを捕まえた中国神話時代の巨人族

龍伯(りゅうはく long2bo2 ロンボー)

龍伯とは龍伯国に住む人々を指しており、この国に住む人々は巨人であったと言われています。龍伯の名は列子の湯問に記載が見られます。伝説によると、龍伯国には巨人がおり、数歩歩くだけで大海を越えることが出来、東海の五座の仙山がある地方に到ったといい、馱山の五匹の巨大な鼈を釣り上げて、その甲羅を焼いて卜占を行い吉凶を占いました。

しかし、二座の仙山はこれにより沈没してしまいました。これに天帝は怒り、龍伯国の国土をを狭く小さくしてしまったために龍伯国の国民の身体もこれに伴い小さくなっていったと言います。




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しかし、伏羲、神農氏の時代になっても、龍伯国の人はまだ数十丈(数十メートル)もの身長があったと伝えられています。この高さでも十分に巨人でした。

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  • 龍伯の伝説

渤海の東の彼方に大きな底なしの谷がありましたが、底が見えずに名を帰墟と言いました。地は八極、即ち四方と四隅があり天空八方の中央の流水はどこに流れ着くかも分からず、流れてはいるけど水量は増加せず、減少もしませんでした。

その場所には五つの山があり、第一座を岱興山、第二座を員嶠山、第三座を方壶山、第四座を瀛洲山、第五座を蓬莱山と言った。どの山も三万里ほどあり、山頂の平坦な場所は九千里ありました。山と山との間の距離は七万里であり、互いに隣人と思っていました。山上の楼台宮殿は全て金銀珠玉で作られており、山上の飛禽走獣は同じように純白色でした。




珠玉宝石の木は密に生えており、花びらと果実の味は非常に美味しく、それを食べると永遠に老いず、永遠に死にませんでした。そこに住む人は皆神仙聖人であり、一天一夜で飛び去りまた戻ってこれるような人ばかりであったが、何人住んでいるかは分かりませんでした。

しかし、五座の山の根の部分は繋がっておらず、常に潮の流れや干満により揺れており、一定に定まらなかった。神仙と聖人たちは皆このことを議論し、天帝に報告しました。点々はこの五座山が西へ流されることを心配し、神仙と聖人たちを立ち退かせ、禹強に命じて十五匹の大鼈を使ってその頭部を五座山の山頂へと置いた。三班に分けて六万年ごとに交代した。これによりこの五座山は安定し、再び流されることはなくなった。しかし、龍伯国の巨人が歩いて数歩の所に居り、人鈎で六頭の大鼈を釣り上げてしまい、背中に担いで国に帰ってしまった。その後焼いた大鼈の骨で吉凶を占った。これにより岱輿と員嶠の二山は最北辺にまで流され、大海へと流れ出てしまい神仙と聖人たちは海の果てまで行ってしまった。天帝は激怒し、龍伯国の国土を少しずつ縮小したために、龍伯国の国民も次第に小さくなって行ってしまった。伏羲、神農の時代になると、この国家の国民の身長は数十丈にまで小さくなっていた。

以上が龍伯国の伝説ですが、晋時代の郭璞は、《河図玉版》で、”龍伯国人は身長三十丈で一万八千歳まで生き死んだ。”とあります。

一万八千歳は盤古の創造神話で盤古が混沌の中で眠っていた時間と盤古が天地を分ける時に天地を支えている身体が大きくなった時間と同じですので、郭璞の記述は盤古を連想させます。

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出典:baidu

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