封禅:中国の神話時代から行われてきた封禅の儀とは一体どんな儀式?

封禅(ほうぜん feng1shan4 フェンシアン)

  • 封禅の儀

封禅の儀は古代中国の神話の時代によく行われていた儀式です。

歴史が記されるようになって以降、史書に記されている最古の封禅の儀は秦の始皇帝により行われています。秦の始皇帝以前では春秋五覇であり名君として名高い斉の桓公が行おうとしたと司馬遷の史記に記されていますが、この時は家臣の管仲により諫められて実施を見送ったと言います。

封禅の封とは天を祭り、禅は地を祭ると言う意味で中国では古代の帝たちが太平の世に天地を祭るための大きな儀式でした。古くは伝説の夏王朝から商王朝、殷王朝までの三大の王朝に渡って封禅の伝説は残されています。

昔の人々は数ある山の中で泰山が最高であると考えており天下第一山と為し、神話時代から人間の帝王がこの泰山へ行き天帝を祭り、天命を受けたと言います。泰山は山東省の泰安市にあり、高さは1,545mで最も高い峰は玉皇頂と呼ばれており、封禅の儀はここで行われます。




泰山の山上に土を盛り壇と為し天を祭り天の功に報いることを封と称しました。一方で、泰山の下の梁父と言う小山、もしくは諸説ある小山で地面の掘って地を祭り地の功にに報いることを禅と称しました。

この天と地を祭る封禅の儀は古代の帝王の最高の典礼で、王朝や代が変わる時や長期にわたる反乱が収まり天下太平が訪れたときに行いました。この時、天地を封禅して天地に偉大なる功業を報告し、同時に天命を授かり世を治めるます。

  • 司馬遷の史記に見る封禅

封禅が出てくるもっと古い書物は管子の封禅篇であり、司馬遷の史記の封禅書中にもこの管子の内容が引用されると共にその内容に脚色が加えられています。

史記の封禅書には、春秋戦国時代の斉の宰相管仲の封禅に関する有名な逸話が書かれています。斉の桓公が覇王となった後、封禅の儀を行いたいと管仲に相談しました。すると管仲はこれに反対して言いました。古代で泰山を封じ梁父を禅した七十二家の内、現在残っているのは十二家しかありません。無懐氏、伏羲氏、神農氏、炎帝氏、黄帝、顓頊、帝嚳、堯、舜、禹、湯、周成王は泰山を封じ、それぞれ山を禅しました。皆天命を受けた後に封禅を行いました。

それぞれの帝については以下をご覧ください!

伏羲:中国神話はここから始まった!三皇の首で八卦を創造した中国最初の王

炎帝神農氏:フーテンの寅さんと中国の妖怪退治で有名な茅山道士には意外な接点があったことが判明

黄帝:中国の始祖であり古代神話中最大の功労者

顓頊:黄帝の孫で中国古代の国家である華夏王朝の始祖。

帝嚳:神話時代の名君として名高い五帝の一

堯:お酒や囲碁を発明したという聖人で五帝の一

舜:五帝に数えられる古代中国の名君で意地悪な親にも忠孝を尽くした帝

禹:黄河の治水を成功させた大英雄で夏王朝の建立者

すると桓公は、これまでの自分の業績を上げて自分には封禅を行う資格があると食い下がりました。これを聞いて管仲は、封禅を行うために必要な条件を説明しました。則ち、古代の封禅ではお供え物の器には郁山で採れた黍と北里で育った禾を盛ります。さらに地面に敷く敷物には江淮の間で収穫された三脊茅草を用います。東海から比目魚が送られ、西海から比翼鳥が送られて来て、その後に15の吉祥物が自然と現れる必要があります。

比翼鳥に関しては以下をご覧ください!

比翼鳥:翼が一本と目が一つしかない鳥だが二羽集まると飛べるようになる神秘的な鳥

現在では鳳凰も麒麟も現れていません。吉祥の兆しである嘉穀も育たず、蓬などの雑草が生い茂り梟などの凶禽悪鳥がいつも現れています。このような状況で封禅を行うのですか。と言いました。これを聞いて桓公は封禅を行うことを諦めました。

麒麟に関しては以下をご覧ください!

麒麟:四霊の一柱で徳が高く優しい瑞獣

鳳凰に関しては以下をご覧ください!

九鳳:古く楚の地方で信仰された頭が九つある不思議な鳳凰

春秋戦国時代は秦の始皇帝により終わりを告げます。秦の始皇帝は中国統一後に封禅を行いました。秦は始皇帝の死後に即座に崩壊し、劉邦による漢王朝が成立します。そして干の武帝が封禅を行いました。司馬遷の史記は漢の後期に書かれたものなので、司馬遷が知る限り実際に行われた封禅は始皇帝と漢武帝の二回だけでした。




史記の封禅書が書かれた後に、唐代の張守節はこの封禅書にある“封に登り天に報い、禅に降りて地を除く。”と言う封禅の目的と内容を、泰山の山頂に円檀を作って天を祭り天の功に報い、泰山の麓の小山で四角の檀を作り地の功に報いる、と解釈しました。

  • 秦の始皇帝による封禅

戦国時代の斉や魯には五岳中の内、泰山が最高であると儒者たちは考えており、帝王は泰山で祭祀を行うべきであると考えていました。これにより秦始皇、漢武帝は泰山で封禅を行っています。

秦始皇が中国を統一した後、自分の統治が天命を受けていると考え、第三年(紀元前219年)に斉、魯の儒者博士70人を引き連れて泰山で封禅を行いました。封禅の礼の準備をしているときに儒者たちの議論は紛糾しており、有る者は古代の天子は蒲の穂を車輪に巻いた車に乗って行ったと言い、有る者は山上の草木土石を傷つけないように地を掃いて祭り、儀礼を行う座は菹稭を用いて作ると言いました。

どれも現実からかけ離れており実施が難しかったことから秦始皇は怒って儒者たちが言った全ての方法を退け、山南から車に乗って泰山の頂上へ登り、封礼を行い、並びに石にそれまでの功績を称え刻み、その後に山の北から下山して梁父山へと行き禅を行うことにしました。その礼節は戦国時代に天帝を祭った際の様式を改変したものであったと言います。

  • 漢の武帝による封禅

西漢では武帝により匈奴が倒され版図が拡大し、政権は安定して経済は繁栄しました。ののような状況で始皇帝の次に紀元前110年に漢の武帝が封禅を決行しました。この時の内容は記録に残っているため封禅の儀について詳細に知ることが出来ます。

光武帝が封禅を行おうとした際に意見を求めると、封禅の儀礼のやり方について儒者と方士の言っていることが相反していたと言います。武帝は封禅の際器を彼らに見せ、古の方法はどのようであったかを問いましたが誰も答えられませんでした。そのため武帝は神を祀る儀礼を自分で決めたと言います。

紀元前110年に武帝が梁父山に禅を行いに行きました。その後、泰山の下の東方に壇を作り一回目の封礼祭天を行いました。壇は幅一丈二尺で高さ九尺、下には玉や書を埋めました。武帝は少数の大臣と共に泰山の峰に登り二回目の封礼を行いました。

武帝の封禅は天を祭り、三層の壇を作り四方を青、赤、白、黒、黄として五帝壇として白鹿、猪、白ヤクを殺して祭品を作り、江淮で収穫される一茅三脊草で神々の席を作り五色の土を混ぜて封じ、満山に奇獣珍禽を放し以て祥瑞を示しました。

武帝は黄色の衣装を身に纏い、厳粛な音楽が奏でられている中で跪いて拝み礼を行った。この封禅の典礼を記念して武帝は年号を改めて元封にしました。

  • 漢の光武帝による封禅

建武三十二年(西暦56年)二月十二日に光武帝は群臣を率いて泰山へ行き、1,500人余りに山道の整備をさせ騎兵3,000人余りを封台の周辺に並べました。

十五日に斎戒(身を清める事)が始まり、二十二日には泰山の下の東南で燔柴(祭天のために火を焚くこと)を行い天を祭りました。その後、輦(天子の乗る車)に乗り泰山に登り頂きに到着すると小休憩し服を着替えた後に封礼を行いました。二十五日には梁父山を禅し年号を建武中元と改元しました。

  • 唐の高宗による封禅

麟徳二年(西暦665年)十月、唐の高宗は文武百官を率い、皇后の武后と共に泰山へとやってきました。封禅のための車の列は数百里に渡ったと言います。その列には突厥、于闐、波斯、天竺国、倭国、新羅、百済、高麗等の使節もいたと言います。

十二月に泰山に集うと山下の南方四里に丸い丘状の祀壇っを建て、上面を五色土で装飾し、封祀壇と名付けました。山頂にも壇を作り、幅五丈、高さ九尺で四面には階段が設置され登封壇と名付けました。社首山に八角の方壇を作り、降禅壇と名付けました。




翌年の二月には高宗はまず山下の封祀壇で天を祀り、翌日には山頂に登り玉策を登封壇に封じ、三日目は社首山に到ると降禅壇で地の神を祭りました。高宗が初献すると、その後は武后が昇壇して亜献しました。

儀式の後には朝覲壇で群臣から祝賀を受け登封、降禅、朝覲の三碑を建て封祀壇を舞鶴台とし、登封壇を万歳台、降禅壇を景雲台として乾封に改元し、高県を乾封県に改奉しました。

明朝が始まって以降、朱元璋は泰山の封号を取り消しました。これにより明とその後の清王朝は封禅を祭祀へと変更してしまいました。

  • 唐の玄宗による封禅

唐の玄宗は開元十三年(西暦725年)の十月に百官を率いて泰山へと到り封禅を行いました。封禅の礼は乾封四制に沿って行われたと言います。封禅の後、泰山神を”天斉王”に封じました。

  • 封禅の条件

西漢の太史公は《史記・封禅書》中で帝王が封禅を行うために必要な条件を書いています。則ち、天下泰平で栄えていることと天から祥瑞が現れる事であり、帝王の在位期間にこれらの一条件を満たすと封禅を行うことが出来ると言います。さらに、帝王の在位期間に一定の功績が必要であり世を天下泰平に至らせ民を安寧に導くことで封禅を行い天に向かい功を報告します。

祥瑞とは瑞獣、則ち鳳凰や麒麟などが現れることです。

瑞獣に関しては以下をご覧ください!

瑞獣:中国に古くから伝わり沢山いる瑞獣を集めてみた

出典:baidu

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