麒麟:四霊の一柱で徳が高く優しい瑞獣

麒麟(きりん qi2kin2 チーリン)

中国の神獣や霊獣をご紹介するシリーズですが、今回ご紹介するのは麒麟(qi2lin2)です。麒麟はチーリンと読み、アフリカのサバンナにいる首の長いキリンではなく伝説上の神獣で毛皮のある動物の長で瑞獣とも言われおめでたい象徴ともなっています。

麒麟は中国で古くから伝わる瑞獣で性格は温厚、二千年生きると言われおり麒麟がいるところには必ずいいことが起こると言い伝えられています。また、傑出した才能と人徳を兼ね備えている人を麒麟に例えます。例えば水滸伝に出てくる梁山泊の好漢の一人、盧俊義(ろしゅんぎ)は玉麒麟、三国志の諸葛亮亡き後の蜀の軍師姜維(きょうい)は麒麟児とも呼ばれています。さらに孔子と関係が深く子牛が生まれる時と死ぬときに麒麟が現れたと言います。

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また、麒麟はおめでたい象徴であり昔から今に至るまで公堂の上に装飾として飾られていたり、権力や富の象徴としても扱われてきました。王朝では官位の象徴としても麒麟が用いられています。

麒麟のような神獣は道教に取り入れられており風水として発展し、道教の浸透に伴って麒麟信仰として発展していきました。これは青龍や白虎、朱雀、玄武などの四神と同様です。

道教と言えば老子を思い浮かべる方もいらっしゃると思いますが、老子自体は老子の思想が道教に取り入れられたというだけで道教を作った人ではありません。道教は修行を行うことで仙人になることを一つの目標としており、仙人たちは崑崙山に住んでいます。

《礼記・礼運第九》には、”麟、鳳、亀、龍を四霊と言う。”とあります。ここからわかるように、この時代には麒麟の地位は龍と同等でまた別物でした。しかし、《淮南子·地形訓》には、麒麟が応龍の孫であるという記述があります。すなわち、”毛犢は応龍を産み、応龍は健馬を産み、健馬は麒麟を産み、そして麒麟は庶獣を産んだ。”つまり、淮南子によると麒麟は応龍(おうりゅう)の孫の龍となっているわけです。

龍生九子でも麒麟が入る場合と入らない場合があり書物により異なっています。これは麒麟が王朝や孔子の儒教に好まれたことにより時代と共にだんだん扱いが変わっていったことが原因です。

ちなみに応龍は翼のある龍のことを指しますが、龍生九子ともども詳しくは以下の記事をご覧ください!

応龍(應龍):中国の神獣、四象、霊獣特集

龍生九子:中国の神獣、四象、霊獣特集

1.麒麟の歴史的起源

昔から麒麟は瑞獣で殺生は行わずに、土と徳に属した走獣であるとされていました。故に風水学中では麒麟は龍や虎、獅子など多くの外見が取り入れられています。また、麒は雄を、麟は雌を表しています。麒麟はおめでたい象徴で、太平、長寿の象徴でもありましたので、古くから家の中に飾られていました。麒麟は孔子が生まれる前と亡くなる前に現れたなど特別な時期に現れるとされ、このことから孔子と麒麟は密接なかかわり合いがありました。子いわくで有名な孔子は儒学の祖で論語を記していますが、魯に仕えて魯の歴史書である春秋を編纂したと言われています。




孔子の生まれる前に麒麟が現れ、麒麟は家の中で口から玉書を吐き出しました。その書には、”水精の子孫、周の衰退に関わる素王である。”と記されていました。素王とは王の資質を備えた人物を指し、孔子や老子を指します。哀公14年の春、”西狩獲麟”いわゆる獲麟ですが、この出来事に孔子は涙しいままで一体何をしてきたのだろう、と嘆いたと言い春秋の最後はこの故事で締めくくられています。

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魯の重臣たちが狩に行き奇妙な動物を捕まえました。不気味に思ってその動物を狩場の管理人に押し付けて自分たちはすたすた帰ってしまいました。そこに偶然通りかかった孔子がその動物が麒麟だということに気が付きました。麒麟は本来瑞獣で、太平の世に現れると言われていますが時は春秋戦国時代で戦争に明け暮れていた時期です。本来出てくるはずのない麒麟が出てきた上、人々はその動物が麒麟であることにすら気が付かないという異常事態です。麒麟を見た孔子は今なぜ出てきたのだ?と慌て、異常事態が起こる世の中にこれまで自分が世を正そうとやってきたことは無意味であったのではないかと嘆き悲しみ春秋の編纂を終了したと言います。程なくして孔子はこの世を去りました。これらの出来事から、麒麟は儒家の象徴ともなっています。

2.麒麟の特徴

麒麟の外見は、獅子の頭部、鹿の角、虎の目、大きな鹿の胴体、龍の鱗、牛のしっぽを集めてできています。これは、各動物の特徴の優れている点を集めて出来た神獣とも言えます。麒麟は長寿で2000年は生きることができ、口から火を吐き、声は雷のようであると言います。毛皮のある360種の動物の中で麒麟はその長です。

麒麟は鳳凰(ほうおう)と同様に雌雄一対で、雄を麒、雌を麟とする場合があります。また、龍、亀、鳳とともに麒を四霊と呼びます。この場合、青龍(せいりゅう)、玄武(げんぶ)、朱雀(すざく)、白虎(びゃっこ)の四神の内、白虎が麒麟と置き換わっています。また、麒麟は毛皮を持つ動物の長であることからも白虎とは比較される対象となっています。白虎の凶性を打ち消す力を持つのも麒麟です。また、四神は東西南北の各方角を守護していますが、五帝のいる中央を守護するのは黄龍です。この黄龍は麒麟に置き換わることがあります。

黄龍に関しては以下をご覧ください!

黄龍:中原を護り玄武、白虎、青龍、朱雀の四象を束ねる神龍




一方で、中国の民間伝承中では麒麟に関する故事は少ないにもかかわらず、その徳を重んじる性質や神秘性により身近な存在になっています。昔から今に至るまで麒麟は様々な形状で描かれています。古くは青銅文化になり青銅が使用されるようになると麒麟の形状は銅で形作られ徐々に明確になっていきました。

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そして麒麟の存在が注目された出来事が公元1415年(永楽十三年)の鄭和艦隊の帰還です。鄭和艦隊はヨーロッパを巡った後、アフリカのケニア周辺にあった麻林大国に行き国王から実在するほうのキリンなど様々なサバンナに住む動物を送られました。これらの動物が南京に到着するとキリンが麒麟に似ているということでこの首の長い動物が本物の麒麟だと信じました。

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3. 麒麟の祥獣としての性質

麒麟は吉祥、すなわち縁起のいい動物の象徴で仁義を兼ね備えていることから、自分の子供をしっかりといい子に育ててもらうために麒麟に参拝する風習、いわゆる”麒麟送子”が中国各地で残っています。これは徳を積んだ人の家には麒麟がいると信じられており、この麒麟に参拝するために徳の高い人の家に子供を参拝させるというものです。

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風水学における麒麟の最大の特徴は三煞、五黄煞、天斬煞、穿心煞、鎌刀煞、屋角煞、刀煞、白虎煞などといった災いを防ぐことです。煞は殺の別の漢字で、殺のみではなく凶神の意味も含んでいます。ですので、現在の日本の風水では三殺や五黄殺などと言われています。例えば三殺は歳殺、災殺、却殺からなっており、それぞれ病気や盗難、殺傷と言った災いを表しています。その他には鎌刀煞はカーブした道に建てた家は縁起が悪いなどといった意味で使用されており、麒麟はこれらの災いを取り除いてくれるとされています。




自宅を災いから守る力は麒麟が最も強いとされ、家の中に飾ると災いを取り除き、魔除け、凶神を鎮め、昇進し財を成し、家には男子を授かるとされています。麒麟の獅子や虎と異なる点は優しさにあります。すなわち、善い行いをする人には決して危害を加えません。

風水中では麒麟は万能で、財を成し、災いを取り除き、子孫繁栄、学問成就など万能な縁起のいい効能があります。さらに最もいいことは室内に麒麟を置くと善人を守ってくれるということです。悪人には逆に敵意をむき出しにしますので、悪人が家に来ると麒麟は悪人に咬みつきます。中国では家の中に銅でできた麒麟を飾るのはこのためです。

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白虎の方角には凶性があると言われており、家の中で白虎の方角である西方に住んでいると凶性にさらされます。この凶性を取り除いてくれるのがこの麒麟です。家の中の白虎の方角に一対の麒麟の銅像を置き凶性を取り除きます。

家中の運気を上げ、災いを取り除くのがこの麒麟です。麒麟は吉祥の代表であり家の中に置くと邪を遠ざけ家を鎮め仕事が上手くいき財を成すと言いますが、これ以外では銅製の麒麟は主人にまとわりついた悪い運気を代わりに持ち出してくれます。

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4.中国書物中の麒麟の記載

漢許慎《説文解字・十》には”麒は仁の神獣で、大きな鹿の身体に龍のしっぽ、それに角が一つある。雄が麒で雌は麟である。”とあります。麒麟は古くは単に麟と呼ばれおめでたい動物でした。

《礼記》礼運には”麟鳳亀龍、これらを四霊という。”とあります。

《明会典》には、洪武二十四年(1391年)公、侯、駙馬(皇女の夫)、伯といった身分は、補服(一番上に羽織るだぶだぶの上着)に麒麟をあしらうことが決められています。また、清の時代には最上位の官僚である一品官の補服には麒麟をあしらっていました。皇帝は黄龍、紫龍で王子などその親族は龍をあしらっていました。ここから、清の時代には麒麟は龍に次ぐ地位であったとみられます。

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《清史稿》には短い期間に様々な場所で麒麟が生まれたという記述があります。すなわち、”雍正二年、平度州の民家で牛が麟を産む。五年には寿州の民家で牛が麟を産む。このとき室内には火がともったように光ったので怪しく思い殺して皮をはいでしまった。外見はうろこで覆われており頭の角は隠れていた。荊州の民家で牛が麟を産んだ。身体にはうろこがあった。

嘉慶元年。遂安の民家で牛が麟を産んだ。七年、鎮海の民家で牛が、身体がうろこで覆われており、色は青黒く顎の下には髭があり首の後ろは特に細いうろこで覆われている子牛を産んだ。十一年五月、塩亭の民家で牛が麟を産んだ。高さは二尺五寸、角が一本で目は水晶のごとく、身体はうろこで覆われていた。背中には尻尾に渡るまで豆のような肉粒があり黄金色で足は八足、蹄があり産まれたときには嵐になったが産まれたあとは室内には金色の光が満ち辺りにある草木が全て黄金色になった。

十三年二月には綿州の民家で牛が首は龍、身体は無毛でうろこで覆われている子牛を産んだが産み落とされた際に死んでしまった。”と記されています。産まれるときに風が起こったという記載は随所に見られます。また、2015年にはタイで頭部が鰐のようでさらに全身がうろこで覆われたような水牛の子供が生まれましたがこの清の時代の出来事も似たようなことだったのかもしれません。

5.中国の麒麟文化

麒麟文化は中国で受け継がれてきた民間信仰です。麒麟は仁の神獣であり子孫繁栄などおめでたいことを象徴しています。古くは上で書きました孔子の故事から三国志に出てきた王允の《論衝・定賢》や晋王嘉の《拾遺記》などに麒麟送子が記載されています。また、優れた人物を麒麟と呼ぶこともあります。




麒麟は龍に近くうろこがありますが、鹿など毛皮のある動物の長です。玄武のように亀甲占いに由来しているなどはっきりとした由来は判っていません。周王朝の祖先を指しているのではないかとも推測されています。

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封建社会となると龍や鳳は王や皇帝、皇后の象徴となりましたので本来の意味を変えられてしまいました。例えば龍はもともと陰で朱雀は陽でしたが龍が王の象徴になると陽とされるようになりました。そんな中で性善でおっとりしている麒麟は民間に浸透していきました。民百姓は平和を願いより豊かな年になり福を呼ぶことを麒麟に期待したのです。

麒麟は絵画や建築の様々な図案に登場するとともに、高い徳や高貴、仁慈、おめでたいことなど様々な意味を持っている上に、送子麒麟、賜福麒麟、鎮宅麒麟などその名前には様々な寓意があります。このことから麒麟は古来から玉や黄金、紅漆器、銅、黒曜石、瑠璃などの高級素材で作られてきました。

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出典:baidu

いかがでしたか?日本ではビールで有名な麒麟ですが、本場中国では仁徳を持った優しい神獣です。白虎のような軍神の性格は皆無です。また、戦いの逸話が全くないので華々しさはありませんが、こういう神獣の方がのんびりしていて仲良くなれそうでいいです。もし実在するのなら一度背中に乗ってみたいですね( ´∀`) 逸話自体もあまりなく目立たないですが、確固たる存在感を示してるのがこの麒麟なのです。

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