銀行とテンプル騎士団

テンプル騎士団はチェインメイルの上に白い布に赤い十字を描いた服をまとい、中世のヨーロッパで神に仕えた騎士団です。ドイツ騎士団やホスピタル騎士団(聖ヨハネ騎士団)などとあわせて三大騎士団と評されることもあります。しかし、テンプル騎士団はこの三大騎士団の中でも飛びぬけて有名な存在です。それは、テンプル騎士団の勇名と悲劇的な結末のためだと思われます。また、ドイツ騎士団やホスピタル騎士団は現存するので、この2つの騎士団に関してはネタにしにくいのでしょう。

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13日の金曜日が不吉な日と言われるのは、テンプル騎士団の幹部たちがフランス国王のフィリップ4世に異端の罪で捕らえられたのが1307年10月13日の金曜日であったためとか、キリストの聖杯を探していたなど神秘的に扱われたり、陰謀を持っていたなど様々な憶測が飛び交っていますが、古いことなので実態はよくわかっていません。


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テンプル騎士団はもともと聖地の巡礼者を守るという役目を持っていました。中東のイスラエルにあるキリスト教の聖地エルサレムをイスラム教徒から奪還する目的で、1096年に第一回の十字軍遠征が行われました。この遠征は奇跡的に成功し、聖地奪還後、エルサレム王国が建国されました。このために、ヨーロッパのキリスト教徒たちは以前よりより安全に聖地エルサレムに巡礼をしに行くことができるようになりました。

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とはいっても、ヨーロッパから地中海の東端のエルサレムまで2000キロ以上の道のりです。いつどこで山賊や海賊に襲われるかわかりません。そこで、テンプル騎士団が考えた方法が、ヨーロッパを出発前にテンプル騎士団にお金を預けて、聖地エルサレムでお金を渡す、という方法です。何と国際的な金融システムを作っていたのです。国際銀行の原型です。


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このとき手数料を取っていたので、かなりの収入になったと言います。このほかにもエルサレム奪還の時の奮闘の褒章も相まって蓄財しまっくり、当初の理念もお金の前にかすんでしまい、堕落し最後はテンプル騎士団のお金目当てのフランス国王によりつぶされてしまいました。異端の罪は現在では公式に冤罪となっていますが、時すでに遅しです。

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