【中国の反応】紫禁城の過去の一場面がよみがえる。当時の写真を撮った場所に当時の写真をはめ込む

1920年前後に紫禁城で撮られた写真を、現在の場所に当てはめて撮った写真が公開されました。撮ったのはロシア人写真家のセルゲイ氏です。ネット上では、昔が蘇えったよう、話題になっています。

下の写真は、1922年に清のラストエンペラー、溥儀(ふぎ)が燕禧堂の前で柱に抱きついて、時計で遊んでいる写真です。

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この写真は1923年に溥儀の皇后、婉容(えんよう)が御花園禊賞亭前でくつろいでいるときのものです。

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1917年に溥儀が復権した際に、天一門で撮られた写真です。

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1924年、溥儀、潤良、毓崇、溥杰、潤麒等と御花園で。

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1923年、溥儀、溥杰、潤麒が溥儀の家庭教師、庄士敦(レジナルド・ジョンストン)と共に御花園で。

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1924年、婉容、文繍、唐石霞とともに御花園で。

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1920年、文繍所有の御花園の写真。

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儲秀宮前で撮られた1920年代の老女官。

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外から見た写真。

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こちらは1920年代。

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現在の写真。

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1920年代は清朝が風前の灯の時です。1911年に始まった辛亥革命により、共和制の中華民国が成立します。その時溥儀は清の皇帝に即位していましたが、一旦は皇帝の地位を追われます。しかし、情勢の変化により、1917年に復権(張勲復辟)し、紫禁城に戻ってきます。この時、溥儀はわずか11歳でした。その帝位はわずか11日で、さらに追い討ちをかけるように1924年にクーデターにより溥儀は再度紫禁城を追われ日本にやってきます。

辛亥革命は、有名な孫文等によりなされた革命で、孫文は”革命尚未成功、同志仍須努力”(革命いまだ成らず、同志よ努力せよ)という言葉を残したことや、日本に留学していたことなどでも有名です。意外に知られていないことに、中国と台湾両方から人気のある数少ない人物の一人でもあります。

出典:news.163.com

中国の反応


1. 中国朋友
清は道徳、伝統文化、規則を捨てて中国を駄目にした元凶だろ?


2. 中国朋友
↑清は駄目だったが、この写真は歴史の移り変わりを見せる意味で面白いだろ?


3. 中国朋友
清は本当に嫌いだ、偉大だったのはやっぱり明でしょ。


4. 中国朋友
↑どの時代も一緒。苦しむのは百姓だよ。今でも百姓は悲惨でしょ?


5. 中国朋友
素晴らしい写
真だ!


6. 中国朋友
↑しかし、これらの写真は中国人ではなくイギリス人が撮ったという・・・


7. 中国朋友
↑いや、セルゲイとかいうロシア人だろ


8. 中国朋友
不思議な感じのする写真だ。


9. 中国朋友
100年でかなり変わったね。

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